<社説>研究論文の不正 学術界は再発防止急げ
福井大の教授が国際学術誌に投稿した自らの論文の査読に関わった疑いが浮上し、学術誌の出版社はこの論文を撤回した。
論文の妥当性を客観的に判断する査読制度を揺るがす事態だ。査読を巡る不正が国内で明らかになったのは初めてといい、科学への信頼を損ないかねない。
大学側には真相究明を急いでもらいたい。学術界としても再発防止策を打ち出す必要がある。
深刻なのは査読に限らず、データ改ざんなど学術研究の不正が相次ぐことだ。過度の成果主義など構造的問題の影響が指摘される。
文部科学省は、学術研究に関わる政策の問題点の改善にも乗り出すべきではないか。
福井大教授は子どもの脳の発達に関する研究の第一人者で、問題の論文は子育て中の母親の脳やホルモンの変化を扱っていた。
学術誌への論文掲載の可否は同じ研究分野の専門家が内容を検証する査読で判断する。一般的に誰が査読者か著者は知らされない。
福井大教授は本来、査読者がまとめるべき論文への疑問点のコメントを自作し、査読者となった千葉大教授にメールで伝えたとされる。著者と査読者とのやりとりは出版社の内規で禁じられていた。
自作自演とも言うべき不適切な行為であり、研究者倫理に反している。実績のある研究者がなぜ不正に手を染めたのか。2大学は背景を含め明らかにすべきだ。
他の研究機関も同様の問題がないか点検する必要がある。
文部科学省のガイドラインはデータの捏造(ねつぞう)や改ざん、盗用は研究不正として罰則を設けているが、査読の不正は想定していない。
今回の問題は信義に基づく査読制度の盲点を突いた。不正防止には一部学術誌が導入した査読過程の事後公開も参考になろう。
研究不正は近年STAP細胞論文の捏造問題をはじめ、他の分野や研究機関でも後を絶たない。
4月には北大の化学反応創成研究拠点の研究チームが、米科学誌サイエンスに発表した触媒開発の研究論文にデータ改ざんの疑いがあるとして撤回した。
各現場では資金獲得競争が激化する中、若手を中心に期限付き雇用が増え、短期間での成果を求める重圧が強まる。地道に真理を探究する気風も弱まりつつある。
研究環境の悪化が不正を生む土壌となっていないか。国際的に地盤沈下する日本の研究力向上を図るためにも、文科省は現場の支援に力を尽くすべきだ。