<書評>ベリングキャット デジタルハンター、国家の嘘を暴く

06/12 05:00
<書評>ベリングキャット デジタルハンター、国家の嘘を暴く

エリオット・ヒギンズ著

公開情報で真相に迫る人々
評 澤康臣(専修大教授)

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 2014年にウクライナ東部上空で起きたマレーシア航空機撃墜事件を独自調査し、ロシア軍提供のミサイルを使ってウクライナの親ロ勢力が起こしたとする報告書を発表、注目された集団がベリングキャットである。インターネット上の大量の画像をはじめとする情報を収集、解析し、当日前後のミサイルの動きを突き止めたのだ。彼らは大学研究者でも政府機関でもない、ただの同好の士だ。そのリーダー、エリオット・ヒギンズが「ぼくたち」の仕事の秘密を克明に記すのが本書である。

 「ぼくたち」の分析材料は誰でも手が届く公開情報だ。兵器の写真に写った地形を上空写真と照合、場所を特定する。影の長さから時刻をはじき出すツールを使う。ネットで分かる電話番号データから個人を割り出す。SNS(交流サイト)に若い兵士がつい書き込んだ軍の動き、結婚式動画に写り込んだ政府工作員も見逃さない。

 ネット時代、素人がパソコンの前ですべてを暴き、足で稼ぐプロの記者は用済みなのか。実は「ぼくたち」も、プロ記者が現場を踏んで人と話す力を借りている。さらに本書後半、ロシア反体制派ナワリヌイ氏の毒殺未遂という難事件では秘密情報源や人間的な駆け引きまで用い、徐々にプロ記者化していく。一方の伝統的ジャーナリズム界もデジタルデータを活用する調査報道に力を注ぎ、ベリングキャットとも協力関係を築く。両者は近づき、重なりあいながら、市民に真実を伝えようと奮闘する。

 「ぼくたち」を支える公開情報は、日本においてむしろ疎まれつつある。個人情報保護の名の下、公文書は黒塗りされる。企業の正体の手がかりとなる法人代表者住所も登記制度改変で分かりづらくされた。報道も英語圏では考えがたいほどに匿名化され、検証材料に使えない。本書は「あとがき 日本の読者のみなさんへ」で公開情報を使った調査を勧めるが、それが可能な高水準の情報開示を受け入れる私たちでいられるか。それも「ぼくたち」は問いかけているように思われる。(安原和見訳/筑摩書房 2090円)

<略歴>
英調査報道サイト「ベリングキャット」創設者。米カリフォルニア大学バークレー校のヒューマン・ライツ・センターの研究員

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