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再婚後の出産なら「前夫の子ども」じゃなくなる? 民法の「嫡出推定」見直し

05/27 17:30

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 法制審議会の親子法制部会は今年2月、子の父が誰かを決める「嫡出推定」の規定を見直す民法改正要綱案をまとめました。離婚後300日以内に生まれれば前夫の子と推定する現行の規定に、再婚していれば現夫の子とする例外を加えます。見直しを巡る背景や今後の課題について、札幌弁護士会の安川尚美弁護士に聞きました。(聞き手・有田麻子)

 ――「嫡出」とは耳慣れない言葉です。どのような意味ですか。

 嫡出という言葉の意味は、民法上必ずしも定かではありません。もともとは、嫡子、庶子という言い方に見られる通り、婚姻関係にあるものと愛人関係に由来するものとの区別です。民法では、婚姻中の夫婦の間に生まれた子を意味する用語として、嫡出子という言葉を用いています。戸籍法やその他の関連規定でも、嫡出子や嫡出でない子といった用語を用いています。

 これに対して、国連の自由権規約委員会、児童の権利委員会、女子差別撤廃委員会から、嫡出でない子に関するすべての差別的規定を撤廃する旨の勧告や懸念が示されていました。もっとも、最高裁判決上は「民法及び戸籍法において『嫡出でない子』という用語は法律上の婚姻関係にない男女の間に出生した子を意味するものとして用いられているもの」で、婚外子に対する不合理な差別的取り扱いとは言えないと判示されたこともありました。

■父子関係の定義 100年前の名残

 ――そもそも、嫡出推定の規定は何のためにあるのでしょうか。

 父と子の遺伝的なつながりの有無を逐一確認することなく、婚姻関係を基に父子関係を推定することで、早期に子に父親を定めます。そうすることで、子の地位の安定を図り、子の利益を保護するのが本来の意義です。

 この嫡出推定による親子関係は、現行の規定では父親の訴えのみにより、否認することができます。また、この訴えは父が子の出生を知ってから1年の間に起こさなければなりませんので、嫡出子としての地位が強く保護されていると言えます。

 1898年(明治31年)施行の民法の規定が現在も続いている形です。女性が自分だけの財産を持つことが困難だった100年前は、経済的にも父親を定める強い要請があったと考えられます。

■血縁関係がないのに戸籍上は「前夫の子」

 嫡出推定は、子どもとの血縁関係を調べることなく、「結婚中に妊娠した子は夫の子」「離婚後300日以内に生まれた子は前夫の子」と定めています。しかし、離婚直後に生まれた子は、前夫の子ではない可能性もあります。

 たとえば夫のドメスティックバイオレンス(DV)から逃げてきた女性が、長い時間をかけてようやく離婚の手続きに踏み切り、別の男性と再婚し、まもなく現夫の子を妊娠した場合を考えてみます。その場合、嫡出推定により、戸籍上はその子の父親は前夫になります。これを避けるため、親が出生届を出さないことが、無戸籍者が生まれる一因となっています。

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 ――離婚後300日以内に出産した場合、前夫が子どもの父親になるのを避けるためには、どのような手段があるのですか。

 現在の戸籍実務上、医師の作成した証明書において、婚姻中に妊娠したものではないことが確認できれば、前夫の嫡出ではない子として、または再婚した夫の嫡出子として、出生届を出すことができます。しかし、必ずしも全員が医師の証明書を取得できるわけではありません。

 また、婚姻の解消から300日以内に生まれた子であっても、長期の海外出張、受刑、別居などで夫婦の「同棲(どうせい)の欠如という外観上明瞭な事実」が認められる場合には、嫡出推定を及ぼさないという判例実務も確立しています。この場合には、前夫に対する「親子関係不存在確認調停」を申し立てることができます。

 しかし、「外観上明瞭な事実」を立証するのは相当難しいのです。たとえ「推定の及ばない子」に該当したとしても、調停など裁判手続きをする負担はあります。別れた夫を相手にする精神的なストレスもあるでしょう。

 このほか、生物学上の父を相手方として、自分の子であると認めるよう求める「強制認知」の調停を申し立てることもできます。強制認知は、前夫の関与を必要としないため、前夫に子の存在を知られたくないと考える母にとって、父子関係を否定し、無戸籍者を解消とする有効な手段になっています。

■保険証がない「無戸籍」の恐れも

 ――無戸籍だとどのようなことに困るのですか。

 戸籍がないと住民票や健康保険証が作れず、通院や就学、予防接種などに困難が生じます。身分証明の手段がないために社会生活上の重要な契約を結ぶことも難しくなります。法務省によると、22年1月時点で800人超の無戸籍者がおり、実際にはもっと多いとの見方もあります。

 2000年代半ばに組織された「民法772条による無戸籍児家族の会」の活動により、無戸籍者と嫡出推定の規定の関わりが社会問題としてクローズアップされたことが、今回の見直しの背景にあります。

 ――今回、規定が見直されたことの意義は何ですか。

 今回の見直しでは、母の再婚後に子が生まれた場合には、現夫の子と推定することに加え、嫡出推定を否認する権利を母子にも広げました。無戸籍者となる事態を減らす一定の効果が期待できます。

 また、要綱案全体をみると、女性の再婚禁止期間の規定と、子に対する懲戒権の規定の削除が盛り込まれており、世界の潮流や児童虐待の認知件数の増加などの背景を踏まえると、評価されるべきだと言えます。

■母親が結婚しなければ救済されず

 ――残された課題はありますか。

 今回の見直しでは、母が法律上の婚姻をしなければ救済されない点で、多様化する家族形態の観点からは疑問があり、大きな限界があると言えます。子どもの血縁上の父の死亡や離別、第三者と婚姻中であるなど、何らかの理由で母親が法律婚できない場合は、引き続き救済されず、母親が出生届をためらう恐れは残ります。

 また、夫のDVや虐待などを理由に、そもそも婚姻解消ができない場合にも、子の出生届を出せず、生まれてくる子が無戸籍となる可能性が依然として残ります。

 ――無戸籍の問題が解決されたわけではないのですね。

 一般的な感覚からすると、子どもの命と権利に関わる無戸籍の問題と、「誰が父親であるか」という問題が、連動し、綱引き状態にあるのは、違和感のあることではないでしょうか。出生の経緯にかかわらず、子どもが平等に扱われるようにするためにはどうすれば良いのか、今後も考えていかなければなりません。

 <安川尚美(やすかわ・なおみ)弁護士>東京都八王子市生まれ。32歳。小学生の頃、「国内最難関の試験を受けて、行けるところまで行ってみたい」と司法試験を受けることを決意。北大法学部卒、北大法科大学院修了。2015年に札幌で弁護士登録し、村松法律事務所に所属。札幌弁護士会の「性の平等と多様性に関する委員会」委員を務める。モットーは論語の「学びて思はざれば則(すなは)ち罔(くら)し。思ひて学ばざれば則ち殆(あや)ふし」。趣味は手編みの靴下を編むことと、種から植物を育てること。最近読んだ漫画は野田サトル著「ゴールデンカムイ」。

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