暮らしと法律

がん検診で見逃しや誤診 医師に法的責任を問えるか

06/26 07:00

 今や国内では2人に1人が、がん患者となると言われています。その一方で医療技術も進み、検診などで早期発見できれば治療可能な病気にもなってきました。でも、その検診で見落としや誤診があったら…。法的責任はどこまで問えるのでしょうか。医療訴訟に詳しい札幌弁護士会の齋藤健太郎弁護士に聞きました。
(聞き手 杉本和弘 イラスト しのみやこうこ)



――がんの見落としや誤診について、相談などは多いですか。

 医療事件を扱っていると、がんの見落としに関する相談は比較的多いですね。がんは治療が可能な病気になりつつあるとはいえ、やはり死亡する可能性がある重い疾患で、がんと診断されたときの精神的なショックは大きいでしょう。がんを宣告された時、ふと自分が過去に受けた検診(健診)では何も言われていなかった…と思って調べてみると、「すでに画像に陰影があった」とか「怪しいところがあるけど大丈夫と言われていたが、実はがんだった」などということがあります。早く治療をしていれば助かったのではないかと思うのは当然です。

――がんの種類や発見時期によって、法的責任を問う上で違いはありますか。

 がんには、膵臓(すいぞう)がんのように、そもそも早期発見が困難なものもあります。検診で分からず、たまたま別の検査でさほど時間がたたずに見つかったとしても、治療によって結果が変わらないのであれば、法的な責任を問うのは難しいでしょう。たとえ大きな見落としでも、治療により予後が変わらなければ損害賠償請求が全く認められないことすらあります。

 一方、肺がん、胃がん、大腸がんなどのように早期発見し治療できれば、長期間生存が可能というものもあります。検診で早い時期に見つけられるチャンスがあったのに、末期になってようやく見つかったというのであれば、①見落としたことが医師の過失といえるか②見落としていなかったとすれば救命できたか―という観点から、医師に法的な責任があるかどうかをしっかりと検討する必要があります。

――医師の過失があったかどうかの判断要素は何でしょうか。

 病気の診断においては、一般的に、ある症状や体の不調があって病院を受診し、医師による問診や検査が行われるという流れを経ます。その場合には、訴えや経過があるため、情報と検査結果を照らし合わせて疾患を絞り込んで診断していくことになります。たとえば、20年間喫煙している50代の方で長期間せき、たんが出ている…などという情報があれば肺がんを疑って検査したり、下血が続いているので大腸がんを疑って大腸内視鏡の検査を行ったりします。

 しかし、がん検診や人間ドック、健康診断などは、症状が出ていない状態で受けるのが普通です。これらの検査では、症状による絞り込みは出来ないので、画像所見や検査結果をどう評価するかが大きなポイントとなります。

■画像所見や検査結果の評価がポイント

 つまり医師に見落としの過失があるかどうかを検討するにあたっては、どのタイプの検査だったかによって、どれくらい注意すべきかというハードルの高さが変わります。健康診断は幅広く病気があるかどうかを確認しますが、人間ドックやがん検診はより特定の疾患を探るものが多くなります。そのため健康診断よりも人間ドックやがん検診の方が、がんを発見すべき要請が高いといえるでしょう。

 もっとも、実際はより具体的な事情に応じて、さまざまな判断があり得ます。そもそも異常所見に気がついていたのか、気がついていながら正常所見としたのか、画像がどのくらい読影しやすいものであったのか、その部位がよく生じる部位であり意識的に読影すべきであったのか、なども問われることになります。また、前にも同じ部位で撮影されていて、それを比較できる場合は、その比較によって異常陰影に気がつきやすくなることも考慮されます。

■調査ごと異なる判断

――実際の判例や事例では、どういうものがありますか。

 肺がんの例でお話しします。胸部エックス線写真では、腫瘍のサイズや他の臓器との重なり方によっては発見が簡単ではないと言われています。画像診断のプロである放射線科の専門医ならまだしも、健康診断を担当したのが一般内科医などであれば小さな病変に気がつくのは難しいでしょう。ましてや健康診断で用いられたのが簡易な間接撮影の場合には精度も低く、判断が難しいとされています。さらに大量の受診者の読影を短時間で行うという性質のため、見落としがされやすくなります。

 健康診断については、横浜地裁で2017年にこんな判決がありました。ある男性の2007年、08年の胸部レントゲン画像で、異常陰影があったのに発見されず、09年の健康診断でようやく発見されました。ただ判決では、「一般的な健康診断における注意義務」を前提として、07年と08年を比較して読影することも求められていないとして、医師の過失を否定しています。基本的には集団検診での見落としを問題とするのは簡単ではないといえるでしょう。

■胸部エックス線画像の診断は簡単ではない

 がん検診については、大きなニュースにもなった東京・杉並区の河北医療財団の肺がん検診の事例があります。胸部エックス線検査をした40代女性の画像で異常陰影を2014年、15年、18年の3回にわたって、ニップル(乳首)であるなどとして見落としました。女性が身体の異常を感じて病院を受診して、肺がんが分かりましたが命を落としました。

 肺がん検診は健康診断よりも画像の精度が高いことが多く、また、肺がんがあるかどうかという目で意識的に読影されるため、より高度な義務が課され、前に撮影された画像と比較することも求められます。この事案は杉並区から委託を受けて行った肺がん検診であり、肺がんを見つけるための検査で見落とされたという意味では、女性本人や家族の無念さはよくわかります。財団側は見落としを認めて謝罪しています。

 ただこの件では、院内調査、第三者委員会による調査、杉並区の調査など複数の調査が行われていますが、それぞれの調査で見落としについての判断が分かれています。それぐらい胸部エックス線画像の肺がん診断というのは簡単ではないということが言えると思います。

※参考
・社会医療法人河北医療財団の河北検診クリニックで健康診断・肺がん検診を受診し、異常なしと判定されていた受診者が肺がんで死亡した件に関する特別調査委員会の調査報告書(pdf)
上記に関する東京都杉並区肺がん検診外部検証等委員会の答申(pdf)


■事案ごとに異なる判断

 医療事故全般にいえることですが、事案ごとに判断が全く異なります。たとえば健康診断でも、胸部エックス線写真に大きく明瞭な異常陰影があれば医師の過失が認められることもあるでしょうし、一方、肺がん検診でも胸部エックス線写真の陰影が明らかではなければ、医師に過失がないとされることもあります。その境界線は見落とされたという結果だけを見ても分からないことが多いのが実情です。

写真はイメージです  Photo by iStock
写真はイメージです  Photo by iStock


――損害賠償請求する上で重要なポイントは何でしょう。

 がんの性質上、一般論として、早く見つかれば見つかるほど救命の可能性が高くなるということがいえます。がんにより死亡したことが損害であると主張して、損害賠償請求を行うには、仮にがんを発見して早く治療を行うことができていれば結果が違ったことを証明しなければなりません。その際、どのような事実をどの程度証明しなければならないかが大きな問題になります。

 というのも、通常のがんの見落としでは、見落とした時点でしっかりとした検査(例えば肺がんであれば胸部CTでの検査)を行っていないため、その時点での情報が少なく、また、治療をした場合にどのくらい結果が違ったのかを証明するのは簡単ではないからです。タイムマシンに乗って検査・治療をやり直してみることもできませんし、同じような状態の人を2人探してすぐに治療した場合と遅れて治療した場合を比較するという人体実験することもできません。

 そこで、肝臓がんの見落としが問題となった1999年の最高裁判例では、そのような証明の難しさを少し緩和しています。がんが発見されて適切な治療がなされて、少なくとも実際に亡くなった日において生存していた可能性が高いといえるのであれば、損害賠償請求が成り立つものとされています。つまり、いずれはがんで亡くなるとしても、より長く生きられたと証明できるなら損害賠償請求ができるということになります。その代わり、どれくらい生きられたのかという予測によって、損害の額が変わってくるということになり、必ずしも平均余命で亡くなったと思われる場合とは同じではありません。

 とはいえ、少なくとも実際に亡くなった時点よりも長く生きられたことまではしっかり証明しなければならず、見落とされた時点で末期であるという場合にはやはり因果関係は否定されることになります。

■自分でも調べて検診受けて

――医療訴訟としてがん検診の見落としを追及するのは、容易ではないですね。

 今回は、検診における画像の読影を中心にご説明しましたが、実際には、がんを疑うべき事情があったのに検査をしなかった事例、がんだと診断されたのにそうではなかった事例などいろいろな類型があります。

 がん検診となると、どうしてもがんを発見しないとおかしいという感じがしてしまうのですが、費用や被ばくの問題があり、常に見落としもあります。そういう意味では、がん検診も絶対ではないと理解し、よく自分でも調べて納得したうえで選んでいかなければなりません。

 しかも、腫瘍が発見されてもそれが、がん(悪性腫瘍)なのかどうかという次の問題も出てきます。肺に腫瘍が見つかっても、それが悪性かどうかは生検をしなければわからないことがあり、結局のところ経過観察をせざるを得ない場合もあります。そして、がんだとわかって治療が可能な場合でも、抗がん剤や放射線治療を行っても大きく予後が変わらないこともあります。

■専門弁護士と協力医が欠かせない

 裁判になる事例は、①一般の医師であれば見落とさないはずのものを見落としたという証明ができる②早く発見できていれば、がんと診断されて治療などすることでより長く生きられたことが証明できる―というハードルを越えたものになります。そして、その判断のためには、医療事件を多く扱っている弁護士とその弁護士が相談する協力医の意見を踏まえた判断というものが欠かせません。この点を見誤って裁判に進んでしまうと、結局は厳しい内容の和解を迫られたり、敗訴してしまうことになり、さらに経済的・精神的な負担を負うリスクがあります。

 齋藤健太郎(さいとう・けんたろう)弁護士 1977年、東京都生まれの札幌育ち。慶応大学法学部卒業、北海道大学法科大学院修了後、2007年に弁護士登録。趣味はテニス、スキー、マラソン(フル完走3回)、映画・海外ドラマ鑑賞など。最近はNetflix、Hulu、AmazonPrimeの“三種の神器”を使いこなし「睡眠時間を削って深夜まで見てます」。

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