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<浦河 駆けろ!未来のホースマン>上 夢追う研修生、訓練過酷

07/17 08:47 更新
隣の馬と足並みをそろえ、駆け足をするBTC研修生=5日、浦河町の軽種馬育成調教センター(中橋邦仁撮影)
隣の馬と足並みをそろえ、駆け足をするBTC研修生=5日、浦河町の軽種馬育成調教センター(中橋邦仁撮影)
  • 隣の馬と足並みをそろえ、駆け足をするBTC研修生=5日、浦河町の軽種馬育成調教センター(中橋邦仁撮影)
  • 訓練を終えた後、寮の電動ホースシミュレーターで自主練習に励むBTC研修生。プライベートの時間も、ホースマンとしての鍛錬にささげる=7月12日、浦河町の軽種馬育成調教センター(中橋邦仁撮影)
  • 騎乗訓練の後は、汗や土で汚れた馬の体をシャワーで洗い、丁寧にふく。厩舎(きゅうしゃ)での触れ合いは、人馬の信頼を深め合う大切な時間=7月12日、浦河町の軽種馬育成調教センター(中橋邦仁撮影)
  • 放牧していた馬を厩舎に戻すのも研修生の役目。BTC研修は「3乗7厩(さんじょう・ななきゅう)」とされ、馬に乗っている時間は全体の3割にとどまる=6月7日、浦河町の軽種馬育成調教センター(中橋邦仁撮影)

 「駆け足、進め」。5日、日高管内浦河町の公益財団法人軽種馬育成調教センター(BTC)。1周800メートルの走路を縦列で歩いていた馬上の13人が、教官の号令と同時に両足で馬の腹部を圧迫すると、合図を受けた馬たちが一斉に駆けだした。乗馬経験のなかった9人を含め、浦河に来て3カ月でここまで上達した。

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■育成技術学ぶ

 彼らは競走馬の「育成」のスペシャリストを目指すBTCの研修生だ。牧場に就職し、競馬デビュー前の1~2歳の若馬に、人を乗せることに慣れさせるため、実際に騎乗して訓練をする。騎手や調教師と違って脚光を浴びることはないが、裏方として競馬界を支える戦力となる。

 BTCは1992年に育成技術者の養成を始め、約500人を送り出した。今年4月に入所した第37期研修生は道内や東京、関西などから集まった15~20歳。福岡県出身の境晟翔(せいしょう)さん(15)は「性格や走り方は一頭一頭違う。どんな馬も乗りこなせる技術者になりたい」と夢を描く。

 研修生は1年間、寮生活をしながら「馬漬け」の日々を送る。朝5時半から夕方5時すぎまで、騎乗訓練、競走馬の健康管理に関する座学、厩舎(きゅうしゃ)での掃除や餌やりなど訓練用馬の世話をこなす。綱登りやランニングといった体力づくりも欠かせない。丸1日休めるのは2週間に1度だけ。体重500キロ前後のサラブレッド相手の訓練は、命の危険と隣り合わせでもある。

 研修生を鍛え上げ、支えるのが6人の教官だ。日本中央競馬会(JRA)の競馬学校の教官としてトップ騎手を育てた経験もある中込(なかごみ)治さん(51)は「自分の夢がどこまで本気なのか、研修生は日々試されている。彼らの本気を引き出すのも私たちの役目」と話す。訓練では返事の声が小さいだけで叱りつける。上達が遅ければマンツーマンで補習もする。教官も本気だ。

■落馬にめげず

 乗馬未経験だった小樽市出身の佐藤あかねさん(19)は中学時代に偶然見たテレビ番組で、レース中に骨折した競走馬が足をひきずりながら、落馬した騎手へ駆け寄る場面に感動し、馬に関わる仕事を志した。研修初期に落馬もしたが、くじけず練習を重ね、「ずっと指示通り動いてくれなかった馬と、息が合った瞬間は自信になった」と話す。

 もちろん、過酷とも言える研修は、憧れだけでは乗り切れない。37期生は当初16人いたが、「想像と違った」などの理由で6月末までに3人が去った。

 自分と向き合い、教官たちの厳しさと優しさに包まれ、研修生は一人前の「ホースマン」へ成長していく。(浦河支局の中橋邦仁が担当し、3回連載します)

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