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<書評>僕とぼく

07/14 05:00
<書評>僕とぼく

川名壮志著

犯罪被害者家族 訪れる絶望と希望
評 高倉優子(ライター)

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 2004年6月に起きた「佐世保小6女児同級生殺害事件」は、女児が同級生にカッターナイフで切りつけられて死亡するという衝撃的な事件だった。加害女児の精神状態や傾倒していた小説や映画について「事件の原因」を探る報道は繰り返されたが、その間、被害者家族が何を思い、事件後どのように生きてきたかを伝えるメディアはほとんどなかった。

 事件から10年後の14年、被害女児の父の部下であった新聞記者の川名荘志が一編のルポルタージュを上梓(じょうし)する。近しい存在であった被害者家族だけでなく、加害者家族にも取材を試み、それぞれの苦悩を綴(つづ)った『謝るなら、いつでもおいで』(新潮文庫)だ。

 凄惨(せいさん)な事件の後日譚(たん)として高い評価を受けたが、近頃、その続編とも言うべきノンフィクションを発表した。事件当時、中2だった次男の「ぼく」と、県外の大学に通っていた長男の「僕」、ふたりの視点で描かれた小説のような手触りの本書だ。

 わんぱくな兄と物静かな弟、幼い頃から正反対だったふたりは、事件後にとった行動も全く逆だった。白熱する報道合戦に感情を爆発させる兄と、弱っている父に迷惑をかけたくないと泣くことを封印し、心を閉ざした弟。妹の命を奪われただけでなく、平穏な日常と青春を失ってしまった彼らが気の毒でヒリヒリと胸が痛んだ。

 ところが絶望の先には希望があった。すさんだ彼らは大切な人と出会い、自分の居場所を見つけ、緩やかに再生していくのだ。「ぼく」はこんな風に思う。

 <家族ではない、ほかのだれかがそばにいてくれる。だれかがぼくのことを知っていて、ぼくのことをわかってくれる。それが、どれほど心強いことなのか、僕は初めて知った>

 「ほかのだれか」には、きっと著者の名も含まれているはずだ。記者と取材対象者という立場を超え、彼らに寄り添うことで生まれた本書は、犯罪被害者報道のあり方についても一石を投じている。(新潮社 1620円)

<略歴>
かわな・そうじ 1975年生まれ。毎日新聞記者。初任地の長崎県佐世保支局で小6女児同級生殺害事件取材に関わる

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