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<伊達 開拓150年の先へ>上 農業の礎 武士が築く

07/09 09:36
キャベツの収穫作業をする三戸部正行さん。伊達を開拓した仙台藩亘理伊達家の家臣の子孫
キャベツの収穫作業をする三戸部正行さん。伊達を開拓した仙台藩亘理伊達家の家臣の子孫

 伊達市萩原町の畑はみずみずしく育ったキャベツがひしめき合っていた。農業三戸部正行さん(70)は収穫作業の手を休め、「先祖は日々生きるため、必死にこの畑を耕したのだろう」と思いをはせた。

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 4代前の先祖子之吉(ねのきち)さんは1872年(明治5年)伊達に移住し、開拓のくわを下ろした。当時32歳。宮城県亘理(わたり)町周辺を治めていた仙台藩亘理伊達家当主伊達邦成(くにしげ)の家臣として妻と子供3人を連れてきた。原野を開墾し、穀物や野菜を育て自給自足で家族を養った。やしゃごの正行さんは今、約8ヘクタールの農地でキャベツやニンジンなど10種類以上を生産する。「先祖が残してくれた土地で農業ができ、感謝だね」と笑顔で話す。

■豊かな土地に

 戊辰戦争で敗れた亘理伊達家は領地を約2万4千石から58石に減封され、伊達開拓に活路を求めた。海を渡った開拓団は、約2700人。今年は同家が69年に明治政府から開拓の許可を受けてから150年になる。

 20代目当主で市教委の学芸員伊達元成(もとしげ)さん(40)によると、家臣は武士でありながら平時は農業に携わる半農半士だったため「比較的容易に農業中心の開拓を進められた」と説明する。

 伊達の農業は現在、基幹産業に育った。道内では温暖な気候を生かし、野菜や米など100種類以上の作物が栽培されている。

 道の駅・だて歴史の杜伊達市観光物産館(伊達市松ケ枝町)は野菜の直売コーナーが人気で2018年度は延べ約140万人が訪れた。同館で野菜を売る農家の3割にあたる二十数戸は三戸部さんのような家臣の子孫だ。

■新たな移住者

 亘理町からは、8年前にも6戸の農家が伊達に移住した。いずれも東日本大震災で壊滅的な被害を受けたイチゴ農家で、そのうちの一人、小野彰吾さん(30)はイチゴ栽培のかたわら、新規就農希望者の指導もする。伊達で結婚し、子供3人が生まれた小野さんは「ここで農家として独立できた。伊達でイチゴ生産を確立し、恩返ししたい」と決意を語る。

 農家の高齢化や後継者不足などの課題があるが、10年以降、亘理町の移住者を含め16戸が伊達で新規就農した。

 会社員だった小山豪紀(ひでとし)さん(41)は農業に適した気候に魅力を感じ、2年前に北見市から家族4人で移住した。今年独立し、トマトやブロッコリーを栽培する。「伊達にゆかりはなかったが、就農したからにはこの地の農業を盛り上げたい」と意欲に燃える。

 明治の開拓者の子孫も新しい移住者も、伊達の未来を担っている。(伊達支局の山中龍之助が担当し、3回連載します)

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