週刊コラム

未来を見ること

06/15 05:05

 私は、政治学の講義の中で、人間は客観的、正確に物事を見るのがとても苦手だという話をしている。認識のゆがみは、政治の根本にかかわる。そもそも、課題を正確に認識しなければ、立てた政策は最初から間違うに決まっている。

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 認識のゆがみの1つのパターンは、先入観や固定観念と食い違う現実が起こった時に、先入観の方を維持し、現実を否認することである。たとえば、長年敵対関係にあった外国が自国に対して融和姿勢を取った時に、これは陰謀に違いないと決めつけるような場合がある。もう1つは、自分にとって好ましくない現実はなかったことにするという態度である。たとえば、健康状態の悪化を示す検査数値が出るだろうから健康診断を受けないという場合がある。

 政治とは、社会のメンバーに降りかかる様々な問題を最大限解決し、人々の幸福な生活をなるべく持続するという作業である。今の日本で、多くの人々はこれから先様々な問題が起こり、今までのような生活を維持できなくなるのではないかと、漠然とした不安を抱いている。先日、私のゼミの学生と将来について議論した時に興味深い話を聞いた。ある学生いわく、自分たちは生まれてこの方一度も日の目を見たことがない。世の中に何か変化が起こるとすれば、それは悪い方向のものに決まっていると思う。だから、ともかく今の状態が続いてほしいと願う。政治意識のほとんどの世論調査で、安倍政権の支持率は高値安定状態だが、その理由として最も多いのは、「ほかの政権よりもよさそう」である。この次に現れる政府は今よりも悪いに決まっているという感覚が、政治の現状維持思考をもたらしている。

 しかし、そうした安定志向は、思考停止の現れでもある。人間が主観的に持続や安定を願っても、現実は人間の思惑とは関係なく変化する。現に、日本社会では人口減少が着々と進んでいる。いわゆる団塊ジュニア世代の中には運悪く安定した職に就けないまま低賃金労働や引きこもりに甘んじている人も多い。それらの人々も40代後半に入っている。この人々を放置すれば、20年後には大量の貧困な高齢者が出現することになる。

老後に2千万円の蓄えが必要と試算した金融庁金融審議会の報告書「高齢社会における資産形成・管理」
老後に2千万円の蓄えが必要と試算した金融庁金融審議会の報告書「高齢社会における資産形成・管理」

 折しも、6月3日に金融審議会市場ワーキング・グループが「高齢社会における資産形成・管理」という報告書を出し、老後の生活に2千万円の貯蓄が必要だという文章が独り歩きして、大きな衝撃が走った。この報告書を読んでみると、日本の人口動態、所得・退職金の減少傾向、単身世帯の増加、認知症患者の増加など客観的事実を指摘し、その種の指標を組み合わせ公的年金だけでは毎月5万円の赤字が出るという数学的な予測をしていることがわかる。この審議会は金融政策を論じる会議なので、人々に現役時代から長期的展望の下で貯蓄や投資を行って資産を形成しなさいと提言しているわけである。

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