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<書評>飢える私

04/14 05:00
<書評>飢える私

ロクサーヌ・ゲイ著

過酷な経験 体で受け入れる
評 山家悠平(女性史研究家)

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 私の体の物語は勝利の物語ではない。しかし語られることを求めており、耳を傾けられてしかるべき物語だ、と著者は冒頭で、静かに、しかし強い確信を持って書く。本書は、英語の原題にあるように体についての回想記である。12歳の時に、少年たちにレイプされ、そのときに「ばらばらにされた」体、圧倒的な恥の感覚で声を奪われてしまった、当時の小さな少女へ語りかけるように言葉を探してゆく。

 著者は、米ネブラスカ州で生まれたハイチ系アメリカ人で、現在は大学で教えながら、小説やエッセーを執筆している。幼い日に受けた性暴力の後に訪れたのは、おさまることのない飢えだった。空っぽになった自分自身を埋めるように、体を大きくすれば安全になるという希望のもとに食べ続け、10年もたたないうちに超病的肥満とされる体になっていた。それは要塞(ようさい)のようでもあり、同時に行動を制限する重しにもなった。

 この本で語られるのは、性暴力による沈黙の重みと、体の大きな黒人女性としてアメリカ社会を生きるという、ふたつの過酷な経験である。その経験は、分かちがたく絡み合う。最も印象的だったのは、自分自身の体に響く、相反する声に耳を傾け、書き留めていることだ。生と身体に肯定感を持てないまま、自分を傷つける女性たちと恋に落ちる。痩せなければいけないという社会が絶えず発し続けるメッセージに振り回され、数え切れないほどのジムに入会しては挫折する。体は、常にそこにあり、揺らぎ、迷い続ける。

 それでも、20代が過ぎて、体の不調と向き合う中で静かに変化は訪れる。体を気遣い、自分の体を受け入れることが癒やしの一端になると理解した。「私の存在がどうあるべきか私の体に指図させない、少なくとも、完全には、と心に決めた」。その言葉が強く響いた。

 メディアが量産する女性の身体イメージと実際の体との間で揺らぎながらも、自分の声を探している人にぜひ読んでほしい。(野中モモ訳/亜紀書房 2052円)

<略歴>
1974年生まれ。著書にベストセラーのエッセー集「バッド・フェミニスト」など

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