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<書評>千手観音と二十八部衆の謎

04/14 05:00
<書評>千手観音と二十八部衆の謎

田中公明著

仏像の起源 専門的に解説
評 桜井義秀(北大大学院教授)

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 私は33年前にネパールに旅行し、大威徳明王のタンカ(チベット仏教の仏画)を購入した。縦80センチ幅60センチの仏画を日本で額装したが、インドの冥界王ヤマ(閻魔《えんま》)をも倒すとされる降閻魔尊の姿は奇怪で恐ろしく、家人が飾るのを許してくれない。明王は二十一面の憤怒相と四十二の腕(臂《ひ》)を持つ。

 実のところ、千手観音も多面多臂である。観音菩薩は大慈大悲(だいじだいひ)を本誓とし、衆生の願いを聞き届けるためだと言われる。インドで発祥した仏教には土着の神々が取り込まれ、釈迦牟尼(しゃかむに)の守護神とされていった。京都の三十三間堂には、鎌倉時代の仏師湛慶(たんけい)作の千手観音坐像(十一面四十二臂)と千一体の千手観音立(りつ)像があり、最前列に二十八部衆立像が置かれている。

 著者の田中公明氏はチベット仏教文化の碩学(せきがく)であり、三十三間堂を管理する妙法院から依頼を受け、二十八部衆の尊名変更と配置換えに関わった。また、氏の祖父田中百嶺(ひゃくれい)は仏画家であり、廃仏毀釈(きしゃく)で流出した十一面千手観音像を自ら観音堂を作って安置し、以来田中家は毎月20日の縁日に参拝するのを慣例としているという。田中氏の仏教美術に対する造詣は血脈と言えよう。

 本書では、千手観音像がなぜ観音信仰発祥の地であるインドで発見されず、東アジアとチベットにおいて盛んに造像されたのか、千手経や千手観音の経文とされる大悲呪(だいひしゅう)や二十八部衆の出典上の根拠が検討されている。これらの議論はかなり専門的であり、いわゆる「仏女(ぶつじょ)」向けの仏像鑑賞マニュアルといったものではない。しかし、三十三間堂の千手観音の造形が、インドの神像やチベット仏教の守護神とどう関連しているのかといった疑問を持つ人には、興味深い参考図書になるだろう。

 仏教研究は文献学や思想面が中心になりがちであるが、仏像や儀礼から見ていくことで世界各地の民俗宗教を取り込んでいったことがよくわかる。その豊穣(ほうじょう)さが二千数百年の間、人々に信じられてきたゆえんなのだろう。(春秋社 2700円)

<略歴>
たなか・きみあき 1955年生まれ。チベット文化研究会副会長

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