社説

柴山文科相発言 教育勅語の活用は論外 

10/05 05:05

 第4次安倍改造内閣の柴山昌彦文部科学相が、就任会見で教育勅語の活用について問われ、是認する意向を示した。

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 「現代風にアレンジをした形で、道徳などに使えるという意味で普遍性を持っている」という。

 教育勅語は戦前から戦中、思想面で国家総動員体制を支えた道徳規範だ。「君主」の天皇が「臣民」の国民を諭す形をとっている。

 どうアレンジしようと、内容、形式ともに、国民主権の現行憲法とは相いれない。

 教育勅語の道徳教育への活用など論外だ。教育行政の最高責任者として不見識も甚だしい。

 教育勅語について、政府は昨年3月、「憲法や教育基本法などに反しないような形で教材として用いることまでは否定されない」とする答弁書を閣議決定した。

 当時の松野博一文科相は「(授業への活用は)適切な配慮の下であれば問題ない」とし、稲田朋美元防衛相は「親孝行や友達を大切にするといった核の部分は今も大切だ」と述べていた。

 もはや政権の体質とみなされても仕方あるまい。

 柴山氏の発言も、こうした流れに沿ったものだろう。確かに、教育勅語には「兄弟姉妹仲よく」といった一般的な徳目も並ぶ。

 しかし、中核部分は、これらの実行を通じ「一身を捧(ささ)げて皇室国家の為(ため)に尽くせ」という絶対的忠誠を国民に求めた点にある。

 だからこそ、戦後、衆参両院は排除、失効確認の決議を行い、軍人勅諭とともに教育勅語の全体を明確に否定したのだ。

 一部の徳目をつまみ食いするのはごまかしでしかなく、それらを教えるために教育勅語を持ち出す必要は全くない。

 多くの教育関連学会が昨年、教材利用で勅語を普遍的価値を含むものとして肯定的に扱う余地は全くない、と表明したのも当然だ。

 道徳が正式な教科となり、本年度から、まず小学校で検定教科書を使った授業が始まっている。

 「国を愛する態度」などが盛り込まれ、戦前回帰を懸念する声も根強い。

 勅語が戦時体制に利用された経緯を史実として学ぶ意義はあるが、道徳教材に活用することは危険と言わざるを得ない。

 文科省は、事務方トップの事務次官が2代続けて不祥事で辞任し、幹部職員が逮捕、起訴される異常な状況にある。

 柴山氏がまず取り組むべきは、組織立て直しと信頼回復だ。

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