北海道

祈り届かず悲痛 31人死亡の厚真 「一度に3人つらすぎる」

09/09 05:00
祈り届かず悲痛 31人死亡の厚真 「一度に3人つらすぎる」
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 【厚真】多くの命を奪った、6日未明の胆振東部地震。大規模な土砂崩れが発生した胆振管内厚真町では8日午後10時までに犠牲者が31人に上った。「どうか無事でいて」。その祈りが届かなかった遺族は、深い悲しみに暮れた。

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 「やっと会えた」。8日夕、厚真町内の遺体安置所。同町産業経済課職員の中村真吾さん(42)はつぶやいた。土砂崩れ発生後から二日以上、捜し続けた祖母の君子さん(94)が横たわっていた。「出てきてくれて、ありがとう」

 君子さんは同町富里地区で、中村さんの父初雄さん(67)、母百合子さん(65)と3人で暮らしていた。

 真吾さんは地震直後、町内の状況確認のため、同僚と巡回に出た。すると土砂にのみ込まれた民家が次々と目に飛び込んできた。両親とも連絡がつかない。「もしかしたら…」。不安は的中した。見慣れた実家は、約100メートル先の厚真川の川岸まで押し流され、原形をとどめていなかった。

 父と母は6日夜遅く、変わり果てた姿で見つかった。母が2階の寝室近くに保管していたアルバムが、がれきの中から掘り起こされ、2人の居場所の手がかりとなった。運動会や家族旅行…、一枚一枚が丁寧に貼り付けられたアルバム。「家族思いの、温かい家庭ですね」。両親を捜してくれた自衛官の言葉が、忘れられない。

 安置所で対面した両親はパジャマ姿のまま。顔に少し打撲の痕があったが、「驚くほどきれい」だった。真吾さんは思わず声を掛けた。「これは、夢だよね」

 曲がったことが大嫌いだった父。誰にでも親切で優しかった母。そして、人が嫌がることを率先してやる世話好きの祖母。「せめて、3人を一緒に眠らせてあげたい」。真吾さんはぽたぽた涙をこぼした。「でもいっぺんに3人失うのは、つらすぎるし、早すぎる」

■眠っているよう

 札幌市の中田政孝さん(46)は7日、同町桜丘地区に住む父一生(かずのり)さん(76)の遺体を安置した、同町内の専厚寺に駆けつけた。

 一生さんは15年ほど前に妻を亡くし、定年後、ポニーを飼い始めた。以来「ポニーばん馬」一筋。自ら手綱を引き、各地の大会に出場。「1位とったぞ」と賞状を飾っては誇らしげだった。だが6日未明、大量の土砂が、一生さんが寝ていた自宅1階の寝室に流れ込んだ。「実家はもうぐちゃぐちゃだ」と政孝さん。持ち出せる思い出の品は、何もなかった。

 目を閉じたままの一生さんの顔は泥まみれだけど穏やかで「眠っているよう」だった。政孝さんは「せめて、苦しまずにすんでいてくれたら」と祈るように言う。

■現場に行けない

 「もう、見てられんかった」。7日夜、同町吉野地区の土田健二さん(63)の亡きがらを目にした兄の昌和さん(65)=苫小牧市=はそう言って、泣いた。健二さんは深さ6メートルほどの土砂に埋もれていたと聞いた。「圧迫されて顔中アザだらけで、かわいそうで」

 健二さんは町内の建設会社で働いていた。「仕事を転々としたが、今の仕事は10年近く続いてて。しっかり働いてるなあ、と思っていたのに」。優しい性格でけんかをした記憶もない。「すごく温厚なやつでね」と昌和さんは言う。でももう、二度と会えない。

 昌和さんは今も、土砂崩れで倒壊した家を見に行くことができない。「自分の目で現場を見たら、多分、正気ではいられない」(石垣総静、内山岳志、木村直人)

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