本の森

<書評>ゲッベルスと私

09/02 05:00
<書評>ゲッベルスと私

ブルンヒルデ・ポムゼル、トーレ・D・ハンゼン著

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ナチス政権支えた庶民の告白
評 永田浩三(武蔵大教授)

 本の表紙の写真。静かにうつむくその人はまるで固い甲羅でおおわれているように見えた。ヒトラーの右腕の宣伝相ゲッベルスの秘書だったポムゼル。長い沈黙を破って取材に応じたとき103歳だった。本書は彼女へのインタビューを柱に、政治・社会学者ハンゼンとドイツ近現代史の研究者・石田勇治による解説とで成り立っている。戦争当時の気持ちとそれまでの悔恨が入り交じり、嵐の時代を生き抜いた人ならではの陰影に満ちた書だ。

 彼女はゲッベルスらの悪をどこまで知っていたのか。

 強制収容所を、「政府に逆らう人たちを矯正する施設」だと思い、ユダヤ人の友人エヴァに対しても、収容所にいる方が安全だと信じていた。

 ナチス批判のビラをまき処刑された「白バラ」運動のショル兄妹について熱く語る。「私は臆病者だから抵抗運動に参加することなどできなかった。黙ってさえいたら、今頃きっとまだ生きていたのに」。だがこうも付け加えた。「今なら私もあの子たちを尊敬できる」

 ゲッベルスの有能な秘書だったポムゼル。対比されるのは、ユダヤ人の哲学者アーレントに「悪の凡庸さ」と評された、ナチ戦犯アイヒマンだ。近年の研究では、アイヒマンは命令に従っただけでなく、全体主義思想に裏うちされた権力者だったことが明らかになってきている。

 ポムゼルはどうだったのか。彼女はナチスの党大会に誘われたときは退屈でしかたがなかった。政治に全く関心がなく、「目先のこと」にしか興味がない。見るべきものを見ない。そんな彼女のような庶民たちがナチス政権を生み支えたのかもしれない。このことはいまの日本の政治状況と重なってみえて、とても怖い。

 ポムゼルの恋人の母親はユダヤ人だった。彼は迫害を恐れオランダに逃げ、彼女はドイツに残り、2人は別れた。ポムゼルはインタビューの最後にその時の悲しみを吐露する。69年間胸に隠された真実だった。(森内薫、赤坂桃子訳/紀伊国屋書店 2052円)

<略歴>
ポムゼルは2017年に106歳で死去。ハンゼンは経済ジャーナリストなどとしても活躍

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