歴史

交易ガラス玉、実は松前製 アイヌ民族と物々交換 武家が内職?

09/02 05:00
松前の武家屋敷跡地付近から見つかったガラス玉(関根達人教授提供)
松前の武家屋敷跡地付近から見つかったガラス玉(関根達人教授提供)
  • 松前の武家屋敷跡地付近から見つかったガラス玉(関根達人教授提供)
  • ガラス玉が見つかった武家屋敷跡付近の遺跡発掘現場=昨年8月23日、松前町松前の武家屋敷跡地付近から見つかったガラス玉(関根達人教授提供)

 【松前】弘前大の関根達人教授(考古学)は、渡島管内松前町の武家屋敷跡近くで昨年8月に発掘したアイヌ民族の装身用ガラス玉14点を分析し、松前で製造された可能性が高いとの調査結果をまとめた。ガラス玉の製造地は従来、松前藩が交易を中継した本州や中国大陸とみられていたが、関根教授は、素材や製法が同一であることから、松前藩の武家がガラス玉を製造していたとみている。

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 関根教授によると、道内でガラス玉製造の可能性が指摘されるのは初めて。

 発掘したガラス玉14点は、いずれも直径7~8ミリ、高さ5~6ミリの丸い形で、青などの色がつき、ひもなどを通す穴が開いていた。北前船の交易で運ばれた伊万里焼などと一緒に出土し、19世紀の幕末期のものとみられる。

 関根教授は昨年秋、東京理科大の中井泉教授(分析化学)に蛍光エックス線分析装置などによる調査を依頼。14点は、いずれも素材が「カリ石灰ガラス」だった。ガラスの気泡の筋が、中央の穴と直交する方向に見られるため、製法は金属棒にガラスをまきつける「巻き付け技法」と判明した。

 関根教授は「他から仕入れたガラス玉ならば材質や製法は多種多様になるはず。出土地近くの武家がまとまった量を製造していたと考えられる」として、和人とアイヌ民族の交易の解明につながると期待する。

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