文化・芸能

<書評>おいぼれハムレット

08/26 05:00
<書評>おいぼれハムレット

橋本治著

[PR]

古典の後日譚 小気味いい語りで
評 下館和巳(東北学院大教授)

 この本は著者による「落語世界文学全集」の第1弾で、「シェークスピア原作『ハムレット』の後日譚(たん)でございます」とある。

 読み始めてすぐに「著者は本当にハムレットを読んだことがあるのだろうか?」という素朴な疑問に襲われるが、ハムレットのディテールへのこだわりが尋常ではないことが分かると、その不安もすぐに打ち消される。

 しかし、さらに別な「居心地の悪さ」が頭をもたげてくる。デンマークの話なのか日本の話なのか、今の話なのか400年前の話なのか、訳が分からなくなるからだ。にもかかわらず、そんなことはどうでもいいと思ってしまうのは、語りのリズムが滑らかで小気味いいからだ。

 思い出すのは、初期近代英語で書かれたシェークスピアのアイアンビック・ペンタミター(弱強五歩格)。要するに歩いているようなリズムで、日本のシェークスピアと言われた近松門左衛門をもほうふつとさせる。これはもう「橋本アイアンビック」と呼んでいいのかもしれない。

 真面目に読もうと構えていると確実にはぐらかされる。そうなのだ、著者は原作の全体像などというものに一切関心はない。あちこちで、「面白い!」「なんだこりゃ?」「わからん!」と思ったところに小さな穴を開け、その穴を押し広げながら、天衣無縫で荒唐無稽な世界を展開してみせる。

 まるでお年寄りがそうするように、同じことを繰り返すようにもたもたと語るのでイライラしないわけではない。だが、辛抱強く読んでいると気がつけば、はっと目の覚めるような言葉が宝石のように現れる。老いぼれたヒーローやヒロインは、時に無残に時に滑稽にさえ描かれているが、その描き方に不思議と温かさを感じるのはなぜだろうか。

 本書は、ハムレットを知らない人にも面白い。そして読み終えると、ハムレットを求めに本屋に走りたくなるにちがいない。(河出書房新社 1404円)

<略歴>
はしもと・おさむ 1948年生まれ。著書に「桃尻娘」など

ページの先頭へ戻る