北海道

90年ユジノから治療で来道、コースチャの父 札幌の家族に会いたい

08/27 05:00
コンスタンチン君とすし店の一家の計7人が並んだ写真を手に、思い出を語るイーゴリ・スコロプイシュヌイさん(細川伸哉撮影)
コンスタンチン君とすし店の一家の計7人が並んだ写真を手に、思い出を語るイーゴリ・スコロプイシュヌイさん(細川伸哉撮影)

 【ユジノサハリンスク細川伸哉】旧ソ連時代の1990年、大やけどの治療のためロシア・サハリン州ユジノサハリンスクから札幌の病院に緊急搬送されたコンスタンチン君(愛称コースチャ)の父イーゴリ・スコロプイシュヌイさん(54)が、当時、世話になった市内のすし店の一家を捜している。家族のように支えてもらい、コースチャの退院祝いも開いた思い出の店で、再会を願っている。

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 当時3歳のコースチャは全身の8割にやけどを負い、日ソ間の超法規的措置で来日。すし店は、約3カ月間入院した札幌医大付属病院(中央区)のそばにあった。イーゴリさんが夜遅くにホテルに帰る途中、立ち寄ったのが出会い。店は閉店時間を過ぎていたが、料理を出してくれた。

 イーゴリさんは以来、店に頻繁に通い、経営する夫婦を「おじさん」「おばさん」と呼んだ。緊張が続く中、すしの作り方を教えてくれるなど気を紛らわせてくれた。夫婦には何人か子どもがおり、「コースチャは姉や兄のように慕っていた」と振り返る。

 退院予定が決まった日の夜、すし店で一家や医師がささやかな祝いを催してくれた。イーゴリさんにとってその日は、コースチャの「二度目の命を授かった誕生日」だと言う。

 その後、コースチャの札幌での経過治療のたびに訪ねていたが、ここ20年近く連絡が途絶えていた。今年7月、道サハリン事務所を訪れて一家の所在捜しに協力してもらったが、手がかりはつかめなかった。

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