文化・芸能

<書評>大谷翔平 野球翔年Ⅰ

08/19 05:00
<書評>大谷翔平 野球翔年Ⅰ

石田雄太著

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急いで遠回りした天才の軌跡
評 藤島大(スポーツライター)

 大谷翔平が「二刀流」という言葉について語っている。

 「誰が言い始めたのかわからないので…僕はそういう表現は使わないです」

 なのに取材経験の豊かな著者が二刀流と書く。書かざるを得ない。似た言い回しの例がなく他に短く表せないからだ。

 「投打の両方に取り組む」では字数をいかにも要する。つまり元北海道日本ハムの投手にして打者は、かつてない独自の道を選び、進む。ちなみに米国のある新聞は「ツー・ウェイ・プレーヤー」と記した。

 岩手・花巻東高校から米大リーグをめざすと宣言した。ところが日ハム球団の以下のような説得に翻意する。

 琵琶湖の向こう岸へ渡る。船で湖面を突っ切れば最短かもしれない。だが突然の風が吹き荒れたらどうなる。やはり陸路を歩むべきだ。

 かくして逸材は札幌へ。本人の発言を引くなら、その「急いで遠回りした」記録である。

 ファイターズの栗山英樹監督の将来を見すえた思慮や見解が本書の縦糸だ。大谷翔平の自己分析がそこに織り込まれて事実は奥行きを増す。

 入団の経緯。少年期の指導者の追想。両親の明かした逸話。さらにぺット犬の名前や由来まで。対象への敬意を忘れぬ取材によって細部は明らかとなる。

 ただし、ここが人間を筆録する仕事の妙味なのだが、いかにディテールを再構築したところで「大谷翔平」の全体像は簡単に輪郭を結ばない。

 それでいいのだ。

 日米両国の取材者が人気者に迫る。されど、あらゆる解釈は優しげな顔の若者にさっとかわされる。まるでタマネギの皮をむくように。天才の証明。そんなアスリートと同時代を生きられるのは幸運なのだ。

 某日、栗山監督が二刀流許容を諸先輩に叱られたと嘆く。しかし、あの人は違った。

 「何を言ってるの。あんな選手、野球界には80年間、一人もいなかったじゃない」

 長嶋茂雄である。(文芸春秋 1728円)

<略歴>
いしだ・ゆうた 1964年生まれ。ベースボールジャーナリスト

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