経済

まちの課題をスマホで通報 IoTそしてAIが実現する地域社会の協働―「ちばレポ」とMy City Report―

08/08 16:08

富士通総研経済研究所主席研究員
榎並利博

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「ちばレポ」のトップページ
「ちばレポ」のトップページ

■スマホの可能性

 街中のあちこちで、電車の中やカフェで、多くの人たちがスマホを見つめている。今年5月に 総務省が発表した2017年の通信利用動向調査によれば、パソコンよりもスマホでインターネットを使う人のほうが多くなったという。パーソナルなIT機器の主流がパソコンからスマホへと大きく変わったのだ。

 スマホがパソコンと大きく異なる点は、常に携帯して持ち歩きができ、いつでもすぐにネットにつながる点だ。IT業界では最近IoT(Internet of Things)という言葉が盛んに使われ、あらゆるモノがインターネットで接続された社会が将来像として語られることが多い。換言すれば、スマホは人をIoT社会に組み込むツールであるとも言える。

 このようにスマホでIoT社会の一部となった市民があちこちにいると、市民がちょっと気づいた情報を発信するだけで、市民も行政もともに大きなメリットが得られることがある。特に人口密度が全国で最も低い北海道では、自治体職員だけで地域をくまなく見回ることは不可能であり、市民の協力が得られれば地域全体にとって大きなメリットとなる可能性がある。筆者自身、それを実感する体験をしたので報告したい。

■危険なアスファルト

亀裂の入ったアスファルト
亀裂の入ったアスファルト

 筆者は週末、自宅近くの川沿いのサイクリングロードをジョギングするのが習慣となっている。サイクリングロードと言っても、実際にはジョギングする人や散歩する高齢者の姿が多い。アスファルトで舗装されているのだが、道路わきに生えている木の根が成長するにつれアスファルトが隆起して亀裂が生じ、何か所か危険な状態になっていた。

亀裂の入ったアスファルト
亀裂の入ったアスファルト

 筆者もこの亀裂につまずくことが何度かあり、危険だとは思っていたが、行政に通報することはしなかった。生活道路ではないのでまともに取り合ってもらえるのかわからず、またクレーマーのように思われたくないという心理も働いたからだ。

■スマホ撮影、通報

 しかし、たまたま昨年の1月、亀裂に足を引っ掛けて転倒し、動脈を切って一針縫うという怪我を負った。午前中だったためちょうど亀裂が木の影と重なり、しかもサングラスのせいで気付かず、良い気候だったのでスピードを出し過ぎたという悪条件が重なった。その結果アスファルトに激突、全身打撲で血だらけという状態に。止血をしながら病院に駆け込んだのは言うまでもない。

 後日、千葉市が運用している「ちばレポ(ちば市民協働レポート)」に登録していることを思い出した。これは道路の傷みや公園の遊具の破損など、地域の課題を市民がスマホやパソコンを使って行政へ通報する仕組みだ。市民としては、「ちばレポ」のサイトで道路などの破損個所の場所を地図上で示し、撮影した写真とコメントをアップロードするだけである。その情報は管轄部署へ転送され、そこの部署が対応する仕組みになっている。

■行政の素早い対応

 筆者は早速現場の写真を撮り、4月27日にレポートした。すると翌日には市役所から現場を確認する旨の電話連絡があり、5月1日には応急処置として危険箇所を白スプレーでマークしてくれた。急な予算確保は無理だろうと考えていたので、筆者は「補修の予算が無ければ、せめて目立つペンキを塗ってほしい」とコメントしており、対応としてもこれで十分だと思っていた。

スプレーで応急措置された道路。応急措置から時間が経過した時点で撮影したため、スプレーの色は薄くなっている
スプレーで応急措置された道路。応急措置から時間が経過した時点で撮影したため、スプレーの色は薄くなっている

スプレーで応急措置された道路。応急措置から時間が経過した時点で撮影したため、スプレーの色は薄くなっている
スプレーで応急措置された道路。応急措置から時間が経過した時点で撮影したため、スプレーの色は薄くなっている

「ちばレポ」へ投稿した画面(2017年4月27日)
「ちばレポ」へ投稿した画面(2017年4月27日)


 ところが、8月5日に現地をジョギングしていると補修工事が始まっていた。そして、「8月9日に舗装の修繕が完了」という通知が届いた。よくて年度末の余った予算で対応するものと思っていただけに、迅速な対応に驚いた。また、隆起箇所だけでなく、東日本大震災の時に生じた道路中央の縦の亀裂が補修されていたことにも感動した。

工事の様子(2017年8月5日)
工事の様子(2017年8月5日)

工事の様子(2017年8月5日)
工事の様子(2017年8月5日)

■市民と行政との新しい関係

 「ちばレポ」は2014年9月に本格稼働し、2018年6月時点でレポーターとして約5,200人が登録、レポートは5000件を超えている。昨年のデータによれば、登録者の77%が男性で30~50代が多い。また、73%が会社員であり、通勤途中にレポートするケースが多いようだ。約4人に1人がレポートした経験を持つ。レポート経験のあるアクティブ層も30~50代が中心であり、レポート内容は道路に関するものが72%、公園が17%、ごみが4%となっている。

マイレポートにアップされた修復後の写真(千葉市提供)
マイレポートにアップされた修復後の写真(千葉市提供)

 市民全体から見ればまだ少数だが、本格稼働後3年以上経過している現在もレポーター数、レポート数ともに着実に増加している。参加者のアンケートを見ても、「ちばレポ」を良い仕組みだと思うと回答したのが95%、街を見る意識に変化があったと回答したのが83%と高い水準にある。また、「ちばレポ」を勧めたいという回答も94%に達している。市民と行政との新しい関係が構築されつつあると考えてよいだろう。

■オープンデータがきっかけ

 そもそも「ちばレポ」が誕生したきっかけは、オープンデータのイベントだったという。千葉市は「ちばレポ」の原型であるFixMyStreet(https://www.fixmystreet.com/)を使い実験を実施。破損した危険なベンチをレポートしたところ、行政によって迅速な補修がされたという成果をあげた。イベントでこの事実を発表すると大きな話題となり、本格的な開発・運用に取り組むことになったという。

 FixMyStreetとはイギリスの非営利団体mySocietyが2007年に開発したシステムで、日本を含む全世界に展開されている。千葉市はFixMyStreetを参考に、独自の「ちばレポ」を開発した。現在、「ちばレポ」と同様なシステムがいくつかの自治体に展開され、FixMyStreetも日本の自治体へ広がりつつあるが、北海道の自治体ではまだ低調のようだ。なお、米国には同様なシステムとしてSeeClickFix(https://seeclickfix.com/)があり、米国の各自治体に展開されている。

■行政コストを削減

 「ちばレポ」の使い方そのものは難しくないが、やはり投稿するのは勇気がいる。市民の立場からすると、行政に対して一方的にクレームをあげるクレーマーのように思えてしまうからだ。筆者自身もつまずいたくらいでは、やはりレポートを出すのをためらった。しかし、行政の側では別の見方をしているようだ。地図情報が付属しているので場所の特定が楽になった、市民からのレポートで徒歩の点検作業が削減されたなど好意的に受け取られている。また、写真が添付されているため案件の緊急性や重大性も判断できるという。

「ちばレポ」の筆者の「マイレポート」のページ
「ちばレポ」の筆者の「マイレポート」のページ


 土木事務所では現在でも電話による通報を受け付けているが、電話で場所を特定するのが大変であると同時に、電話だけではその緊急性も判断できないという。土木事務所では「ちばレポ」運用開始後2年半の実績として約4万件の案件を処理したが、その内訳は「ちばレポ」でレポートされたものが8%、市民から電話等で通報されたものが62%、職員自らパトロールして発見したものが30%となっている。職員のパトロールが3割を占めるが、それでも「ちばレポ」のおかげで徒歩による点検作業が削減され助かっているという。「ちばレポ」でレポートする内容はほんの些細なことでも構わないという認識を市民が持つようになれば、職員のパトロールの負担もより軽減されるのではないだろうか。

筆者の「マイレポート」のページで通知された内容
筆者の「マイレポート」のページで通知された内容


 また、「ちばレポ」の「マイレポート」のページでは、投稿者が投稿した案件ごとにその内容や対応の経過情報などが閲覧できるようになっている。

■AIでさらに進化”My City Report”へ

 市民の協力で職員の点検作業が削減されたとはいうものの、市民が報告するのはどうしても歩道や生活道路、照明灯などに限られてしまう。そのため幹線道路の損傷や排水施設、違法看板などについては依然として職員が見回り、損傷を発見するという業務が続いている。また、市民の報告のなかには修繕の必要のない経過観察レベルのレポートも含まれているという。

 このような業務やレポートをいかに削減するかが千葉市の課題となっており、これらの課題を解決するため2016年度から2018年度末にかけて次世代型市民協働プラットフォーム”My City Report”の開発・実証が行われている。このプロジェクトには東京大学生産技術研究所と複数の自治体が協力しており、車載のスマホのカメラで撮影した映像を使って道路における舗装の損傷を自動抽出しようというものである。

■室蘭市も参画

 ここでは機械学習を用いた画像解析技術を使っており、まさにIoTやAIを駆使した次世代システムの模索が続いている。自治体としては千葉市のほかに北海道からは室蘭市が参加し、そのほか足立区、墨田区、沼津市なども参加して実証実験と改良を重ねている。千葉市職員が判定したデータを教師データとして最初のモデルを作り、それを組み込んだスマホが道路を撮影し、画像の損傷候補フレームの範囲と程度を判定してサーバーに送信している。各参加自治体から送信された画像データの判定結果について、道路管理者が損傷の範囲と対応レベルを確認・修正し、それを教師データとして蓄積してモデルを学習させ、損傷の位置や程度の判定精度を上げていくというものである。

「IoT・機械学習を用いた道路舗装損傷の自動抽出」概念図
「IoT・機械学習を用いた道路舗装損傷の自動抽出」概念図

参考 https://www.mycityreport.jp/pdf/MCR-ConsortiumPre.pdf


 各都市から提供された3万枚以上の教師データを使い、かつオブジェクト範囲を特定して7万回繰り返し計算することで、正解率が94%に向上しただけでなく、見つけるべき損傷を正しく見つけた割合も90%近くまで向上したという。

■北海道にこそ必要な仕組み

 今後は、損傷の種類や程度をより詳細に判定していくとともに、修繕判断に必要な特徴量を抽出。また、認識対象については、区画線・横断歩道などのかすれ、ガードレール・交通標識の損傷、路上に伸びた街路樹などに拡大していくという。さらに、実用化の想定としては、公用車へカメラを搭載してパトロール道路のカバー率を向上したり、「ちばレポ」のレポーターが撮影した映像の投稿可否をスマホが自動判定したりすることが考えられている。

 すでに現在、タクシー・トラックや宅配業者だけでなく、多くの一般車両にもドライブレコーダーが備え付けられている。このドライブレコーダーが画像や振動などで道路の損傷個所を抽出して道路管理センターへ情報を送り、そこから国道・都道府県道・市町村道を判定して各道路管理事務所へ連絡できるようになるだろう。特に面積の広大な北海道では、このような新しい技術の活用と市民や民間の協力が欠かせない。

 2018年5月、東京大学生産技術研究所などがMy City Reportコンソーシアム準備会の参加団体を募集するという発表があった。2018年度末に研究が終わった後の本運用(共同運営)をみすえ、費用負担のあり方など制度設計について議論していくという。このようなIoT/AIなど新しい技術に果敢に取り組み、市民や民間との協働を推進して新しい地域社会を築いていく取り組みに積極的にチャレンジしていきたい。

えなみ・としひろ 1981年東京大学文学部卒業、同年富士通株式会社入社。住民基本台帳など自治体システムの開発を担当。1996年株式会社富士通総研へ出向し、電子政府・電子自治体および地域活性化分野の研究に従事。マイナンバー関連の著書:『医療とマイナンバー(共著)』日本法令 、『実践!企業のためのマイナンバー取扱実務』日本法令、『マイナンバー制度と企業の実務対応』日本法令など。

 <富士通総研 内外経済トピックス>では、富士通総研の協力により、北海道と関係の深い中国や東南アジア、また国内経済の最新情勢について、研究員による分析や提言を随時掲載します。企業戦略やビジネス展開、就職活動などにお役立てください。

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