シリア 帰れぬ祖国

【シリア 帰れぬ祖国】12 故郷・ダラーへの攻撃始まる

07/31 12:44
シリア・ダラーの私の実家の壁に弾痕があります。私たち一家がサウジアラビアへ避難中に撃たれたようです。なぜ撃たれたのかは分かりません。
シリア・ダラーの私の実家の壁に弾痕があります。私たち一家がサウジアラビアへ避難中に撃たれたようです。なぜ撃たれたのかは分かりません。
  • シリア・ダラーの私の実家の壁に弾痕があります。私たち一家がサウジアラビアへ避難中に撃たれたようです。なぜ撃たれたのかは分かりません。
  • ダラーの家の周辺に落ちていた弾丸。どうしてこんなものが…
  • アスィー・アルガザリさん

 先日、母親から電話がかかってきました。悲しげな声で「パンが膨らみ過ぎたの」と言うのです。私の故郷のシリア南部ダラー県では良質な小麦が取れるため、どこの家も自宅でパンを焼きます。母親も自宅でパンを焼くのが好きなのですが、膨らみ過ぎて失敗した時は、決まって家族の誰かが苦しんでいる時なのだそうです。彼女は携帯電話を片手に外へ出て、何とか弱い電波を拾いながら、世界中に散らばってしまった子供たち一人一人に電話をかけていたのです。

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 私は、自分が無事であることを伝えました。母親は、子供たちが無事だと聞いて安心していました。でも、むしろ両親が暮らすダラー県にこそ、政府軍の武器や戦闘機が戻り始めています。6月末から政府軍が大規模な攻撃を始めたのです。テロリストを排除すると言って、実際は平和に生きようとしている人たちを追い出しているのです。国際ニュースで流れる映像に私は心を痛めています。

 ダラー県は、アサド政権に反対する最初のデモが起きた場所です。多くの人が集結してデモを行い、今でも続く戦争のきっかけとなりました。アサド大統領にとっては許すことができない場所でしょう。ダラー県への攻撃は、単に街を物理的に破壊するためだけではなく、8年近くにわたってアサド政権の不正義に対峙(たいじ)してきた「革命のシンボル」を、そして、政権に反対する国民を心情的に破壊することを意味します。

 ダラー県の中でも反政府の自由シリア軍やイスラム過激派がいる村が、爆撃の対象になります。私が生まれ育った村には両方ともいないので戦闘は起きていません。幸いにも両親を含めて村人は無事のようです。

 両親によると、戦争発生後も、以前のように水道は機能していますが、電気は数時間止まる日があるようです。それでも子供たちは普通に学校に行くなど、平穏な生活を送っているようです。でも、戦闘機が飛ぶのは見ており、かなり遠くから爆発音も聞いたそうです。今後も、私の村は反政府軍などが来ない限りは大丈夫だと思っていますが…。

 シリア国内のニュースでは、テロリストからシリアを解放する「最後の局面」にあると報道しています。反政府軍やイスラム過激派を爆撃していますが、同時に罪の無い人たちまでもが被害を受けています。一体、どれくらいの人が殺され、けがをしているのか。正確な情報は無く、分かりません。

 ただ、間違いないことは、何千人もの人々が家を追われ、シリアとヨルダンとの国境付近で、シェルターも食べ物も無く、40度を超える野外で生活することを強いられています。死んでしまうリスクがあるのに、ヨルダンへの入国は許されず、人権団体による援助物資を運ぶトラックもたどり着くことはできません。世界中の誰も、死んでいく子供たちに手を差し伸べてはくれません。野宿生活で子供たちはサソリやヘビに噛まれ、その毒で死んでいるのです。

 アサド大統領は戦争に勝つために人々を殺し、多くの人が破壊された故郷から離れなくてはならない状況をつくっています。そうまでして体制を維持しようとしています。人々は戦争に疲れ果てています。またアサド大統領に支配されることになるとしても、人々は平和を望んでいます。あの支配が始まるのは恐ろしいことですが…。

 「パンが膨らみ過ぎたの」-。この母親の言葉は、母親自身に何かが起こったのではなく、攻撃、飢えと渇き、サソリの毒で死んでいる子供たち、そして、この悲劇に対する世界の無関心を暗示しているのかもしれません。母親のパンを膨らませたオーブンの火は、無慈悲で非人道的な政権にもたらされた戦火のようです。(原文は英語)


アスィー・アルガザリ 1992年、シリアの首都ダマスカス近郊のダルアーで生まれる。内戦が始まり、2014年1月に姉夫婦が住むサウジアラビアに、両親らと脱出。その後、インターネットの交流サイトで道内在住の女性と知り合い、結婚を決意する。15年に来日して結婚後、配偶者ビザを取得して道内で暮らし始めた。1年半で日本語を習得し、現在は札幌市内で妻と2人で暮らす。(どうしん電子版のオリジナル記事です。随時掲載します)

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