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<浦河・様似 夢は鈴なり夏イチゴ>上 冷涼気候生かし産地化

07/17 05:00
銀座コージーコーナーで人気を集めるすずあかねのデコレーションケーキ=東京都新宿区
銀座コージーコーナーで人気を集めるすずあかねのデコレーションケーキ=東京都新宿区

 6月下旬、洋菓子メーカー「銀座コージーコーナー」の飯田橋ラムラ店(東京都新宿区)。ショーケースにぎっしり並んだ50種類の中で1番人気はやっぱり「苺(いちご)のショートケーキ」。白いクリームの上で真っ赤に輝くイチゴは、遠く離れた日高管内浦河、様似両町でとれた「すずあかね」だ。

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■重要アイテム

 全国で400店を展開する銀座コージーコーナーは両町のすずあかねを年間約70トン扱っている。同社製造本部の芳賀史郎部長は「売り上げを左右する重要なアイテム」と信頼は厚い。

 すずあかねは「夏イチゴ」と呼ばれる夏秋採りイチゴ。両町では6~11月に収穫される。道外で冬から春にかけて出荷される生食用のイチゴに比べ酸味が強く、主に加工用に使われる。果皮が硬めで日持ちし、長距離輸送にも耐えられる。

 浦河町で夏イチゴ栽培が始まったのは2003年。イチゴは高温を嫌うため、国内では25年ほど前まで夏場はほとんど生産されておらず、その時期、洋菓子メーカーは外国産に頼らざるを得なかった。食の安全を求める風潮が強まる中、目を付けたのが浦河町とひだか東農協(浦河)だった。

 当時、町の基幹産業の軽種馬生産はバブル経済崩壊後の価格低迷で経営不振に陥り、「町内農業の多角化が急務だった」(農協営農生産部)。太平洋に面した日高地方は夏も冷涼で日照時間が長い。そこで町や農協が支援し、農家4戸が夏イチゴ栽培に乗り出した。

■町や農協支援

 メーカーが求めたのは、ケーキに合ったサイズや形の規格統一と、切れ目のない出荷。町は苗の購入費を補助し、農協は共同選果体制を整えた。就農者を集めるため研修制度や貸し出し用のハウスも充実させた。

 すずあかねの栽培は08年に本格化し、同じく夏イチゴ栽培を模索していた隣の様似町にも広まった。同年から両町の出荷分をほぼ全量買い取る果物販売業「ジャパンフレーズ」(東京)の山口久次・国内販売事業部長は「生産者、町、農協の3者が協力して産地化に成功した好例」とみる。

 両町のすずあかねの生産農家は39戸(浦河21戸、様似18戸)。17年はひだか東農協を通して226トンを出荷した。苗を販売する農薬メーカーのホクサン(北広島市)によると、販売額4億円は長野県などの農協を抑えて国内トップだ。

 「ここまでの産地になるとは」。浦河で最初に夏イチゴに挑んだ1人、菅正幸さん(72)は振り返る。当初は実の大きさをそろえる技術がなく、病気対策にも追われた。そんな農家を救ったのはイチゴに人生を懸けた、ある研究者だった。(浦河支局の斉藤徹が担当し、3回連載します)

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