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【背番号85の本音】 荒木大輔2軍監督 阿井英二郎さんが迫る

06/20 14:24
 あらき・だいすけ 1964年、東京都生まれ。東京・早実高1年だった80年夏の甲子園で準優勝の活躍で「大ちゃんフィーバー」を巻き起こす。83年にヤクルトに入団し、96年に横浜(現・DeNA)で現役引退。2004~07年に西武、08~13年にヤクルトで1軍投手コーチなどを務め、今季から日本ハム2軍監督。
 あらき・だいすけ 1964年、東京都生まれ。東京・早実高1年だった80年夏の甲子園で準優勝の活躍で「大ちゃんフィーバー」を巻き起こす。83年にヤクルトに入団し、96年に横浜(現・DeNA)で現役引退。2004~07年に西武、08~13年にヤクルトで1軍投手コーチなどを務め、今季から日本ハム2軍監督。
  •  あらき・だいすけ 1964年、東京都生まれ。東京・早実高1年だった80年夏の甲子園で準優勝の活躍で「大ちゃんフィーバー」を巻き起こす。83年にヤクルトに入団し、96年に横浜(現・DeNA)で現役引退。2004~07年に西武、08~13年にヤクルトで1軍投手コーチなどを務め、今季から日本ハム2軍監督。
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 高校1年生から投手として全国に名をはせた荒木大輔が今季から、プロ野球北海道日本ハムの2軍監督として選手の育成に手腕を振るっている。他球団から即戦力を獲得するのではなく、有望な若手を自前で一流に育成するのを本領とする日本ハムにとって、2軍はチームづくりの根幹をなす重要な舞台だ。日本ハムのユニホームも監督業も初めての荒木に、新人の清宮幸太郎や自身の監督論などについて、1983年にヤクルトに同期入団して以来親交の長い日本ハム前ヘッドコーチ、阿井英二郎が迫った。(敬称略。随時掲載します)

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■コーチとは全然違う仕事だから楽しい

 ――日本ハムには荒木監督と同じように、東京・早実高でスターだった斎藤佑樹も清宮幸太郎もいる。自分の時と比べてどう?

 「立場や年齢が違うのもあるけど、(注目されて)すごく大変だなと感じる。みんなが興味を持ってくれるので、取材で細かく聞かれたり。自分(のころ)は苦しみもあったけど、仲間がみんな普通に接してくれてありがたかった」

 ――その状況は彼らのプラスになる?

 「絶対になる。プロに入れば横一線とかいうけど、そんなことはない。俺も少し余裕が出て見渡したらチャンスは多かった。(清宮)幸太郎も最初から大きく育てようとアリゾナキャンプからスタートし、1軍を見せてもらった」

 ――清宮はどこを発揮すれば力が出るだろうか。

 「やれるよ。どんなに騒がれても、たたかれても、野球への姿勢を見ていたら、彼はやれるとすごく思う。同僚や先輩を含め、あれだけ空気を変えられる選手に会ったことがない。2軍で全然打てなかった時でも、あいつにまわせば何とかしてくれる、という雰囲気になっていた」

 ――西武とヤクルトでやった1軍投手コーチと、2軍監督との違いは。
 「こうしたいな、と一言言っただけで実現してしまう。これは本当に怖いよ。栗山監督から、選手もコーチも必ず監督を見ていると言われた。頭に置いて行動や発言を心がけている」

 ――2軍監督の役割は。

 「まとめ役みたいなもの。俺が育てるという感覚はない。コーチが動ける環境をつくり、選手が不安なくプレーしたり、考えられるようにする。コーチとは全然違う仕事だから楽しい」

 ――他球団から見たファイターズの印象は。

 「ただ元気があるだけではなく、しっかり守る。そして、どんどんチャレンジしている。若い選手に2軍で試合経験を積ませて育てる。ヤクルトでその形を目指したが、どう進めればいいかわからなかった」

 ――なぜファイターズの育成は成功していると思う?

 「スタッフがいいからじゃないかな。コーチ陣は一生懸命に、我慢もすごくして最後まで練習に付き合う。(指導も)きつく言うのではなく、自分でやるようにもっていく。コーチ以外も本村(幸雄・選手教育グループ長)とか、お互いがうまくいくよう常に話をしている」

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