富士通総研 内外経済トピックス

米国が脅威と見なす中国ハイテク産業 貿易不均衡問題

06/08 14:08

富士通総研主席研究員
金 堅敏

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 米中貿易紛争がエスカレートし、世界経済の主要なリスクとして浮上してきている。

 当初、トランプ政権は、膨らみ続ける対中貿易赤字の是正を主要な政策テーマとしてきた。しかし、貿易赤字解消を目指して中国が策定した「百日行動計画」や、米中両国がトランプ大統領の訪中に合わせて巨額な商談をまとめたにもかかわらず、貿易不均衡に改善の兆しは見られていない。米国の関心事も貿易赤字とともに、中国の産業政策、特に産業高度化やハイテク産業を育成する取り組み「中国製造2025」に向けられるようになった。

 米国は、WTO設立以降で控えていた「通商法301条」を復活させ、中国に市場開放を迫るとともに、知財保護や産業政策の是正を要求している。しかも、中国の国際特許申請が急増しているうえ、IoT、人口知能(AI)、シェアードサービス(複数の企業が経理など間接部門を共有すること)などのニューエコノミー分野でも台頭が目立ってきており、米国は中国のハイテク産業が将来の「脅威」であると見なしている。

■ハイテク製品の赤字が拡大

 確かに、米商務省の統計によると、米中間の貿易不均衡は、玩具、アパレル、鉄鋼製品、自動車部品等の伝統的な産業分野に止まらない。図表1が示すように、米国の対中貿易赤字の3分の1以上は、バイオ、電子製品、情報通信製品、宇宙航空、原子力など10分野のハイテク製品の貿易が占めている。

米国の対中ハイテク製品(ATP)貿易
米国の対中ハイテク製品(ATP)貿易

 2017年に米国の貿易赤字総額に占める対中貿易赤字は約47%であったが、ハイテク製品の対中貿易赤字は1,354億ドルで、中国を除く貿易収支は250億ドルの黒字であった。したがって米国の立場からは、ハイテク分野の貿易不均衡はより深刻に見えるに違いない。実際、米国のハイテク製品の貿易は、2002年までに黒字を計上していたが、中国のWTO加盟(2001年)を契機に赤字に陥り、その後、赤字は次第に拡大している。

 しかし、ハイテク産業は、今なお米国にとって比較優位産業であり、なぜ対中ハイテク貿易で膨大な赤字が生まれたのだろうか?

■モジュール化の普及

 この理解しがたい現象は、まず産業組織論、技術進歩とグローバル化の発展から解釈されよう。産業組織論、技術進歩の角度からは、モジュール化の考え方(Modular architecture)の普及により、製品開発などのプロセスは、研究開発、設計、生産、サービスなどの段階によって分離可能となり、企業は経営資源を自社の得意プロセスに集中させ、利益の最大化を図ることができるようになったことだ。

 産業のスマイルカーブ化が、このような産業組織の変化をわかりやすく説明している。スマイルカーブとは、主に組み立て産業における付加価値構造を表す曲線で、価値連鎖の真ん中に位置する製造と組立の付加価値が最も小さく、両端のR&D(Research and development=研究開発)と販売・アフターが最も大きくなり、放物線状に広がる曲線を言う。

産業のスマイルカーブ化
産業のスマイルカーブ化


 IT技術の普及やグローバル化の発展により企業は、グローバル的な経営資源の配置と活用で、付加価値の低い組立プロセスを競争力のある国・地域(中国や東南アジアなど)に移転して行うことが可能になった。


■情報通信産業を集約、大量輸出

 しかし、現行の貿易統計はこのような産業組織の変化を反映していない。そのため、ハイテク技術で比較優位の低い国(ここでいう中国)が、ハイテク製品を大量に輸出するという「不可解」な現象が生じたのである。

2017年対中ハイテク製品の輸入分野構成
2017年対中ハイテク製品の輸入分野構成

 実際、図表2が示すように、中国の対米輸出するハイテク製品は、おもに情報通信製品に集中している(約91%を占める)。米商務省の統計も携帯、PC、通信設備、PCアクセサリーが中国からの輸入品のトップ4になっている。これらの情報通信製品は、モジュール化の度合が高く、かつ生産量が大きいので、労働力が豊富でサプライチェーンが発達している中国で組立を行うことが、グローバル企業にとって合理的な選択となる。

 他方、医薬品、ICといった電子部品、航空宇宙製品、原子力製品などその他のハイテク産業は、資本集約的であるか、一つの要素の変更がほかの要素との関係で調整が必要になる「インテグラル・アーキテクチャ」(integral architecture)であり、グローバル経営に適したモジュール化はしにくいのである。

 つまり、中国は、WTO加盟を契機に、モジュール化ができる産業のグローバル再配置のチャンスを活用して、情報通信産業の自国への集約をもたらし大量の輸出を成し遂げたのである。

■緩慢な米の対中輸出とその理由

 米中間におけるハイテク製品の貿易不均衡の拡大をもたらしたもう一方の要因は、航空機を除いてその他の分野の対中輸出が緩慢であるためだから、と指摘できる。その理由は、いくつかの側面から考えられる。
まず、米国の製品は日本、ドイツなどの競合国の製品と比べ競争力が弱く中国市場での競争(例えば、産業ロボット、ハイエンド産業機械など)に負けたことである。

 第2に米国が安全保障やその他の理由からハイテク製品の対中輸出を規制している(例えば、ハイエンドIC、武器、宇宙製品等)ことである。中国はずっと米国に規制解除を要求している分野でもある。

 第3に、中国が成熟していない産業の育成理由で一部のハイテク製品に高い関税や技術障壁を採用し、米国の対中輸出を阻害している製品(例えば、一部の医薬品)があることだ。これから中国が市場開放を早める分野でもある。

 第4に、中国地場企業の競争力が高まり、輸入代替が可能である製品(例えば通信機器)が増えてきていることである。

■輸出制限は両刃の剣

 この意味で、米国による中国の大手通信機器メーカーZTEへのICやソフトなどの輸出制限は、米国にとって諸刃の剣であると言える。禁輸措置は、ZTEの経営や競争力を弱体化させているが、米国のハイテク製品(ICやソフト)の対中輸出を減少させるマイナスの影響を及ぼしている。また、安全保障の要素を考えれば、中国は日本のように米国からスーパーコンピューターや高性能武器を購入できないので、米中間のハイテク製品貿易摩擦の解決は一層難しくなる。

 ただし、米国のハイテク製品の対中輸出に影響する中国の高関税や技術障壁は交渉によって取り除かれる可能性は高い。最近、中国は自主的に抗がん剤の関税をゼロにした事例もあり、市場開放の恩恵は日本企業にも適用されるので、今後の米中交渉は注目すべきである。

じん・じゃんみん 1985年7月、中国浙江大学大学院修了。同年9月~91年12月まで中国国家科学技術委員会勤務。97年3月、横浜国立大学国際開発研究科修了・博士。98年1月より現職。
じん・じゃんみん 1985年7月、中国浙江大学大学院修了。同年9月~91年12月まで中国国家科学技術委員会勤務。97年3月、横浜国立大学国際開発研究科修了・博士。98年1月より現職。


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