富士通総研 内外経済トピックス

人と大地を守る―北海道南西沖地震から四半世紀(1)

02/15 16:40

富士通総研経済研究所上級研究員
兼名古屋大学減災連携研究センター受託研究員
 上田 遼

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■奥尻から学んだ「意識」すること

 2011年3月11日に東日本大震災が起こったことで、東北地方沖で繰り返し発生してきた「三陸津波」や、中部・四国沖での発生が予測されている「南海トラフ連動地震」への注目が集まるようになった。しかし、現代の津波防災を考えるためのヒントは、すでに「北海道」において多くの示唆がある―。

25年前。1993年7月12日午後10時17分。

北海道南西沖地震。炎に包まれる奥尻島の青苗漁港付近=1993年7月13日
北海道南西沖地震。炎に包まれる奥尻島の青苗漁港付近=1993年7月13日

 「北海道南西沖地震(通称・奥尻島地震)」が発災した。津波は、直撃を受けた島の西側で特に高く、島の藻内地区では最大30mまで陸を駆け上った。地震による被害(死者202人、行方不明者28人)のほとんどが津波による被災者であった。奥尻島は震源地にほど近く、地震発生から“約5分”で津波が到着したと推定される。発災が夜遅くであったことから、残された写真や映像などは極めて少ないといわれている。

震災当時の奥尻町茂内。電線にまとわりついた草などが、津波の高さを物語る
震災当時の奥尻町茂内。電線にまとわりついた草などが、津波の高さを物語る

 この10年前には、「日本海中部地震」が起きていた。奥尻島の人びとにとっては、日本海中部地震による奥尻島までの津波到達時間は“約17分”という記憶が残っていたこともあり、北海道南西沖地震での避難が遅れた、との見方もある。教訓として、津波予報が間に合わない、また場所によっては津波の高さが予想より高いケースもありえることから、「揺れたらできるだけ高所にすぐ逃げる」との意識が広がった。その結果、翌1994年に発生した「北海道東方沖地震」では、北海道内において津波の被害者は発生しなかったといわれている。

■東日本大震災、小学校で感じた本当の津波

 北海道南西沖地震から18年後、「東日本大震災」が発災した。この18年間、津波の予測浸水範囲を分かりやすく示した「津波ハザードマップ」をはじめ、市民を啓発するためのさまざまな方法が考えられた。情報通信の手段はテレビ・ラジオだけでなく、持ち歩ける「携帯電話」へと変化した。しかし、それでも死者・行方不明者が1万8000人を超えた東日本大震災は、地震規模が北海道南西沖地震よりもはるかに巨大だったという事実を考慮しても、なお無念である。

東日本大震災で被災した釜石市浜町地区(北海道新聞社ヘリから)
東日本大震災で被災した釜石市浜町地区(北海道新聞社ヘリから)

 発災からおよそ3週間後、建設会社に所属していた私は、東北地方にある地元の大学との合同現地調査のため宮城県にいた―。

 湾岸から1km離れたある小学校。黒々とした土砂が見上げるほどに壁を塗りつくしていた。この小学校の体育館はハザードマップに基づく避難所として指定されていて、多くの住民が避難していた。しかし、大きな津波が押し寄せ、多くの犠牲者を出した。教室に入ると、ちょうど卒業シーズンだったのか、土砂を逃れた黒板の一端に卒業記念とおぼしき色とりどりのチョークの笑顔が顔をのぞかせていた。体育館に入ると、床が泥と海水にかき混ぜられた体操マットで埋めつくされ、「そのとき」の時間と空間が風雨を免れ、そのまま硬直しているかのように見えた。

 私は当時、地震の揺れに対しての「建物の骨組み」を「安全に設計」することで、建物という外枠を見てきた。なお、その意義は過去もいまも変わっていない。だが、たとえ「殻」という建物の骨組みが頑丈であったとしても、その「防御」をすんなりとくぐりぬけて「内部」の人命と生活空間を押し流す津波と向き合うとなると、ほとんど無力に近い。

 一体、自分は、これまでなにをしてきたのだろうか--。小学校という「殻」の「内部」にいて私は、複雑な気持ちでいっぱいになった。

 東日本大震災では、揺れを感じて自発的に避難を開始した人は全体の4人に1人程度であった、との事後の調査研究もある。予測や想定にとらわれず「揺れたらできるだけ高所にすぐ逃げる」という考え方は「津波てんでんこ」という伝承的なキーワードと相乗し、こんにち再発見されることになった。われわれに必要なのは、消えることのない記憶と事実を伝えるメディアである。

津波対策として、広尾町音調津に設置された非常階段
津波対策として、広尾町音調津に設置された非常階段

 一方、東日本大震災を受けた動きが北海道でもある。ひとつは、北海道総務部危機対策局によって津波想定の見直しがされたことだ。それによると、マグニチュード9.1の巨大地震で想定される最大クラスの津波の規模は、襟裳(えりも)岬で遡上高43.3mに及ぶ。さらに、2017年12月19日、政府の地震調査委員会は「東日本大震災に匹敵するマグニチュード9級の超巨大地震が、北海道東部沖の千島海溝沿いでいつ起きても不思議はない」との見方を示した。(2へ続く。2は22日ごろ公開予定です)


<富士通総研 内外経済トピックス>では、富士通総研の協力により、北海道と関係の深い中国や東南アジア、また国内経済の最新情勢について、研究員による分析や提言を随時掲載します。企業戦略やビジネス展開、就職活動などにお役立てください。

うえだ・りょう 富士通総研経済研究所上級研究員兼名古屋大学減災連携研究センター受託研究員。2007年、東京工業大学大学院総合理工学研究科修士課程(工学) 修了。建設会社での構造設計や研究開発の知見を活かしつつ、国際的な防災政策や地域防災に取り組む。地域連携の重要性を訴え、防災の伝統的な知恵と現代防災の接点も探求している。1983年東京都生まれ。趣味は地方の温泉めぐり、能楽。
うえだ・りょう 富士通総研経済研究所上級研究員兼名古屋大学減災連携研究センター受託研究員。2007年、東京工業大学大学院総合理工学研究科修士課程(工学) 修了。建設会社での構造設計や研究開発の知見を活かしつつ、国際的な防災政策や地域防災に取り組む。地域連携の重要性を訴え、防災の伝統的な知恵と現代防災の接点も探求している。1983年東京都生まれ。趣味は地方の温泉めぐり、能楽。

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