<時評 論壇>中島岳志

相撲とナショナリズム 国威発揚への利用に懸念

01/04 09:00

 元横綱・日馬富士による暴行事件は、いつの間にかナショナリズムの問題へと転化している。暴行現場で同席していた白鵬が、九州場所の優勝インタビューで館内を巻きこんで万歳三唱をすると、「品格」や「国技」という言葉が飛び交い、モンゴル人力士へのバッシングが加速した。矛先は日馬富士よりも白鵬に向けられる。

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 「週刊文春」12月14日号には「『貴ノ岩暴行』本当に悪いのは誰だ?」という記事が掲載され、「緊急アンケート」の結果が公表されているが、第2位の日馬富士を抑えて、白鵬が第1位となっている。寄せられた回答として「相撲と日本人を舐(な)めきっている」「モンゴル力士で一番の癌(がん)」といった声が紹介されている。

 星野智幸は、「滅亡寸前の大相撲を救ったのは、『スー女』である。」(スポーツニュースサイトVICTORY12月6日)の中で警告を発する。星野が注目するのは「品格」という言葉の、あいまいさだ。結局のところ何を意味しているのかはっきりせず、批判の根拠が明確化されない。「ほとんどの場合、意味はなく、ただ叱(しか)りつけるためのレトリックとしてだけ使われているように、私には見える」。要は「気に入らない」というネガティブな気分を正当化する根拠として、「品格」という言葉が多用されているのだ。

 「国技」も同様である。明治期に相撲専用の競技施設が造られる際、ある作家が「国技館」と名付けたことから、この言葉が使われるようになったという。相撲が「国技」と見なされるようになった歴史は、案外浅い。

 太田肇は「『白鵬たたき』にみる日本型“イジメ”の構造」(東洋経済オンライン12月14日)の中で、白鵬バッシングに反映された「日本人の屈折した承認欲求」を指摘する。人間には、他者から認められたいという承認欲求が存在する。日本社会では、優れた能力や個性、業績をたたえる「表の承認」よりも、出るくいを打ったり、他人の足を引っ張ったりする「裏の承認」が横行する。「他人の価値を下げることで、自分の存在感を示そうとする」。モンゴル出身の白鵬は、日本人のナショナリズムという「裏の承認」に火をつけ、その格好のターゲットとされているのだ。

 太田は言う。「その展開は学校や職場のイジメと驚くほど似ている」。上司・先輩のお株を奪うような活躍をする人や空気を読まない人が入って来ると、みんなで寄ってたかって嫌がらせをする。「しかも『敵』をつくって自分たちの結束を高めようとするため、嫌がらせはエスカレートしていく」。白鵬バッシングは、日本型イジメの典型である。

 このような中、どうしても気になるのが、態度を硬化させる貴乃花親方の言動だ。彼の発する言葉の中には、極端なナショナリズムが見え隠れする。「週刊朝日」12月22日号の「貴乃花親方の逆襲宣言」では、支援者に送ったメールが紹介されているが、そこでは相撲協会を「国体を担う団体」と位置付け、「日本を取り戻すことのみ」が「私の大義であり大道」だと述べている。九州場所の千秋楽打ち上げでも「日本国体を担う相撲道の精神」という言葉を使ってスピーチを行っている。

 「国体」とは、日本という国を「万世一系の天皇」によって支えられてきた特殊な国柄と捉えるもので、戦前期には他国に対する優越的なナショナリズムの表現として使用された。貴乃花親方は繰り返し天皇に言及し、力士は「陛下の御守護をいたす」ことに「天命」があると述べていることから、意識的に「国体」という言葉を使っていることがわかる。

 能町みね子は「日本国体を担う相撲道の精神」(「週刊文春」12月14日号)の中で、貴乃花親方の民族主義が、弟子に与える影響を懸念している。弟子の一部は、ツイッターで旭日旗を掲げ、右傾化した言葉を繰り返し発している。背景には特定の新興宗教団体の影響があり、それはしこ名にも表れている。そのような貴乃花親方を「固陋(ころう)な相撲協会に立ち向かう若き正義のヒーロー」と見なすことはできないとし、「どうか有望な弟子を変な方向へ導かないでほしい」と述べている。

 能町が指摘する宗教団体の代表者の書籍をひもとくと、日本を「神国」とみなし、その宗教的優位性を説く文章に出合う。南京虐殺の存在を否定的に扱い、教育勅語を礼賛している。推薦文を書いているのは貴乃花親方。「この本を読んで、わが国の素晴らしさをあらためて理解した。…先生のお考えの深さには、脱帽です」という言葉を寄せている。

 戦前期の相撲は、戦時体制に向かう中、国威発揚に利用された。そのような道を、繰り返してはならない。相撲をめぐるナショナリズムの発露に、注意深くならなければならない。

(なかじま・たけし=東京工業大教授)

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