第51回北海道新聞文学賞

<創作・評論部門>選評

2017/11/11 09:00

 川村湊 面白さや力量は抜群

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 テレビ塔がなくても札幌は札幌だが(?)、通天閣のない大阪は大阪ではない、といえるほど通天閣と大阪とのイメージの結びつきは強いが、実は一九四三年から五六年まで通天閣がなかった時期がある。それが『通天閣の消えた町』の時代背景である。時代も舞台も現在の北海道とはまったく関わりがない。そのことを私はちょっと気にしたが、面白さや小説的力量は抜群だった。私としては連作の『待兼山ラプソディー』の方が、テーマや事件(吹田事件)について興味があったが、同じ単行本に収録されているので、読者自身読み較(くら)べていただきたい。北海道新聞文学賞の度量の広さを証明した授賞だと思う。

 離婚を扱った作品があったが、“拵(こしら)えもの”のストーリーと展開でまったく胸を打つものがなかった。評論は佐藤泰志を論じたものがあり、期待したのだが、単なるファンの思いつきのような論旨で批評にはなっていなかった。佐藤泰志はもっともっと探く掘りさげられるべき作家・作品であると思う。


 久間十義 戦後史の一証言にも


 今年はリーダブルな(読み応えのある)作品が多かった。中でも沓沢久里『通天閣の消えた町』は達者な文章で、敗戦後の大阪で作者の家族が奮闘するシーンが鮮やかな印象で残った。自分自身とその周辺に取材した作品は、八十五歳という作者の年齢を考えると、巧まずして歴史の一証言にもなっているようだ。

 香名山はな『はるばる来ました』はテンポよく読ませた。ただ、最後急ぎすぎてしまって残念。長沢とし子『影を待つ』は本文学賞の常連候補だが、ゲイのカップルを持ち出したりする特有のキャラクター設定が少々マンネリに陥っていた。

 蓑島知子『彼女が消えた日』は佳作となった前作より出来栄えが落ちる。番場早苗『砂州をこえて―佐藤泰志「海炭市叙景」論』は、佐藤泰志を取り上げて期待したが独りよがりの感があった。結城はに『ゆ・ら・ゆ・ら』の評価は低かったが、私は面白く感じた。前作(二〇一五年の候補作)といい、この小説といい、作者は読ませる才能を持っている。


 李恢成 ういういしさと課題


 六編読んで、『通天閣の消えた町』を推した。対象作の続編『待兼山ラプソディー』も良く、これまでの作品群と違って、意外にも思想小説的要素があり、大学時代の「イールズ事件」との出会いからはじめて今日に至るまでの感覚に、「ういういしさ」と「知性」がかよい合っているのが新鮮だった。「吹田事件」での朝鮮人の荒ぶる心を日本との関係史の中で内側からもっとくだいてほしかった。もしこのまま「神ながらの道」に向かうのでは、近代主義の延長でアジアを見捨てたかつての日本文学者の心性と似た道を辿(たど)りかねない。同時掲載の『おとうと』には心を打たれた。

 これが受賞作かなとはじめ思ったのは、『彼女が消えた日』であった。作者は書き直しをしながら成長する。しかし、登場人物の出し入れの中で、「この陪審員の評決」ははたして正しいかという大きな疑問が湧いた。じつに惜しまれる結末だ。

 『はるばる来ました』は、リズムのある舞台的な会話が利いている。しかし、「なぞなぞ」は余計だ。

 『影を待つ』は、最終部分を書き損じている。けれども、親の「夫婦ゲンカ」を幼・少女期の「美和」がするどく見抜いていて、迫真力があった。

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