<訪問>「静かに、ねぇ、静かに」を書いた 本谷有希子(もとや・ゆきこ)さん

09/09 05:00

本谷有希子

自意識過剰な登場人物の集大成

 「異類婚姻譚(たん)」で芥川賞を受賞して2年。意外だが三つの短編を収録した本書が受賞第1作になる。「書いて捨てて、書いて捨てて、1作出来上がるまでに苦労する、というのが半分。もう半分は、なるべく遊んでいたい気持ちがあるんです」。そう屈託なく笑う。

 「本当の旅」はちょっと変わった男女3人がマレーシアを旅する。異国の景色も料理も全て、感動は携帯のなかにあればいい。“インスタ映え”を求めて写真を撮り続け、怪しいタクシーでたどり着くのは現実逃避から生まれた酷な現実だった―。

 この物語はある違和感から生み出された。著者がマレーシアを旅行したときのこと。友人につられ、普段はやらない写真や動画撮影に夢中になった。その写真を見ながら「楽しそう、おいしそう」という自分がいた。「すでに経験したことなのに、まるで人の写真に対する感想が自然に漏れていた。実感が抜け落ち、何かおかしなことが起きていると思いました」

 小説を書く時は登場人物に具体性を持たせるため、実在の人物の特徴を「もらう」という。声は特に大事な要素だ。「異類婚姻譚」では夫の口調が定まらず「いろんな人の声で旦那をしゃべらせてみたけどダメで、最終的に持って来た人の声がはまって、すごく怠けたがる性格が出来上がっていった」と振り返る。

 物語が予想もつかない方向に動く。

 例えば、本書の最後に収録された「でぶのハッピーバースデー」は、夫が妻のめちゃくちゃな歯並びに烙印(らくいん)を押す。「俺達が、いろんなことを諦めてきた人間だっていう印だよ」、と。夫婦は突然、仕事を失い再就職がままならない。2人がたどった災難が歯に現れている。夫がそう言うので、妻は仕事が見つかると矯正に乗り出すが、印を手放そうとすると物語があらぬ方向にずれる。

 これまでの作品にも自意識過剰な人たちが登場するが、本書はその総決算のようでもある。「自意識過剰という化け物からは30歳を過ぎたころに逃れられた気がしましたが、やっぱりそこがコアなんでしょうね」

 2000年に「劇団、本谷有希子」を旗揚げし、09年に岸田國士戯曲賞に選ばれた演劇人。作家としては野間文芸新人賞、三島賞、芥川賞を受賞した実力派だ。18歳の時「何者かになりたい」と石川県から上京した。「何になりたかったのかも分かりませんが、よくやった方じゃないかな」。結婚したころに休止した劇団は次作に向けて活動を始めた。

東京報道 上田貴子