<書評>女のことば 男のことば

08/26 05:00

小林祥次郎著

隠語の魅力 古代から江戸まで
評 武田雅哉(北大教授)

 「月ごろ風病(ふびやう)重きに耐へかねて、極熱(ごくねち)の草薬(さうやく)を服していと臭きによりなむ、え対面賜(たま)はらぬ」。「源氏物語」の「帚木(ははきぎ)」には、こんなことばづかいをする漢学者の娘のことが紹介されている。

 女たちの文学は仮名文字で書かれ、男たちの文学が漢詩文であった平安時代。外来語の漢語を多用する女性は、かなり奇妙な存在であったらしい。本書の著者はこの娘のことばを現代に置き換えたら、さしずめこんな感じでもあろうかとこう訳してみせる。「ちかごろcoldが重いのに耐えかねて、very hotのmedicineをdrinkして、とても臭いのでmeetできません」。なるほど、ルー大柴のように話す娘であれば、たしかに奇妙であったろう。

 いずれの時代においても男と女、それぞれ使うべきことばの規範があった。また他者には理解できない、されてはならないことばが大量に生み出された。本書は古代から江戸期にいたる膨大な言語資料の大海から女と男、さらにはそれぞれが形成する特殊な社会や集団の中で用いられてきた隠語を丹念に拾い集めて列挙したものである。

 女のことばは忌み言葉、正月言葉、女房言葉、廓(くるわ)言葉など。男のことばは武者言葉、六方言葉、せんぼう(芝居の世界の隠語)、山言葉などに章分けされている。それらの中にはすでに忘れられたものもあれば、ある語彙(ごい)の頭の一部に「文字」をつけた「しゃもじ《杓子(しゃくし)の『しゃ』》」「かもじ(髪の『か』)」などのように、今でも使われているものもある。「ひもじい」も、空腹を意味する「ひだるい」からできた文字言葉であるらしい。著者はそれぞれの隠語の成り立ちを解き明かしてくれているが、由来不明のものも少なくないようである。

 それにしても、これらの隠語を生みだしてきた発想には、現代のネット用語やJK(女子高生)語、若者言葉にも通じるものがあるようで興味はつきない。隠語そのものは時代とともに変化してきたが、隠語の魅力は少しも減少していないようだ。(勉誠出版 2160円)

<略歴>
こばやし・しょうじろう 1938年生まれ。2001年に小山工業高専教授を退官