<9条のチカラ>上 死なせない 殺させない

05/03 09:57

 あの状況を、どう説明すればいいのか。南スーダン国連平和維持活動(PKO)で、陸上自衛隊第7師団(千歳)が主力だった第10次隊の隊員の一人は「今も戸惑っている」という。2016年7月、派遣先の首都ジュバ市内で起きた大規模戦闘のことだ。

■帰国に安堵

 16年7月8日から10日にかけて、政府と反政府勢力による武力衝突が激化した。隊員は流れ弾の警戒から宿営地の建物の中にいた。「銃撃音がずっと聞こえていたが、自分たちを狙っているわけではないと分かっていたから比較的、冷静でいられた。外の状況はよく分からなかった」という。

 だが帰国後、テレビで当時の映像を見て驚いた。「戦車なんかも走行していて、こんな状況だったのかと」。無事、帰って来られたことに安堵(あんど)した。

 戦争放棄や戦力不保持を定めた憲法9条の下、自衛隊は常に憲法と緊張関係を抱えながら、役割を拡大させてきた。1992年成立のPKO協力法も「戦闘行為に巻き込まれ、武器を使えば、9条が禁じる海外での武力行使に直結する」と違憲の批判が根強かった。9条の枠を超えないため設けられたのが、停戦合意などのPKO参加5原則だ。

■撤収は正解

 南スーダン派遣は、5原則に反していたとの批判が今もやまない。道路補修などの任務を担ってきた南スーダン派遣部隊の日報や、日報を基にした内部向けの「モーニングレポート」には、7月8~10日の宿営地付近の状況としてこんな記述が残る。

 「日本隊宿営地南側で銃撃戦が発生」「戦車1両を含む銃撃戦が生起、日没まで戦闘継続」「射撃音が観測され、以降散発的な射撃音が観測された」「銃撃戦で約150名が死亡した模様」「銃撃が激化する可能性があり注意が必要」

 政府は昨年5月までに、南スーダンから陸自部隊を撤収させた。安倍晋三首相が語る撤収理由に「治安悪化」や「戦闘」の言葉はなく、「任務に区切りがついたため」と強調。だが、南スーダン派遣に関わった道内の幹部隊員は「現地には、整備が必要なボコボコの道がまだまだ残っていた」と打ち明ける。「南スーダンの任務に危険があったことは事実だ。理由はどうあれ、撤収は正しかった」

■ブレーキ役

 4月末。札幌の弁護士橋本祐樹さん(37)は防衛省が公開した日報を広げ、「読めば読むほど、自衛隊が危険な状況に置かれていた事が分かる」と言った。

 南スーダン派遣を違憲として札幌地裁に提訴した原告弁護団の一員。16年6~9月の日報計7千ページを1カ月以上かけて分析し、そして確信した。「自衛隊を撤収させ、隊員の命を守ったのは9条だった」と。

 16年7月8日以降、日報には、断続的に起きる「戦闘」を地図に落としたページが加わった。派遣部隊の宿営地周辺は真っ黒に塗りつぶされていた。それまで活発だった宿営地整備などの任務も、「活動部隊なし」の記述が目立った。

 撤収時に派遣されていた11次隊には、16年3月施行の安全保障関連法に基づき、襲撃された国連職員らを保護する「駆け付け警護」と、他国軍と共同で拠点を守る「宿営地の共同防護」が新任務として付与され、武器の使用権限も拡大されていた。橋本さんは、撤収は「9条が禁じる武力行使を、せざるを得ない状況になっていたから」とみる。

 憲法解釈を変更した集団的自衛権の行使容認、それに基づく自衛隊の任務拡大…。この数年、政府は「憲法の枠を大きくはみ出し始めている」と橋本さん。それでも「絶対に無視はできない存在」として9条が、ギリギリのところでブレーキをかけた、と思う。


 憲法施行から71年。9条は、常に憲法論議の中心だった。今も、自民党改憲案や自衛隊の任務拡大などを巡り注目を集める9条。私たちはどう守られてきたのか。その力について、改めて考えたい。(報道センターの荒谷健一郎、門馬羊次、森貴子が担当し、3回連載します)


 <ことば>PKO参加5原則 《1》紛争当事者間の停戦合意の成立《2》紛争当事者による日本の参加同意《3》中立性立場の厳守《4》以上の原則のいずれかが満たされなくなった場合の即時撤収《5》武器の使用は要員の生命保護など必要最小限―の5項目。