<短歌賞>候補歌集と選評

2017/11/12 09:00

候補歌集(歌集名の五十音順)
「湖辺の丘に」 川村佳乃子
「藻岳の風」 瀬戸俊子
「そして、春」 柊明日香
「花の曼陀羅」 内山愛子

 田中綾 発想ユーモラス


 今回は積極的に推したいと思う歌集に出合えなかったことが惜しまれる。柊明日香さん「そして、春」は〈逆上がりできない吾の干すシーツ青空を蹴りあげ反転す〉など、控えめながらもユーモラスな発想が持ち味だが、その個性が歌集全体には行き渡っていない。ただ「旭豆」などローカルな固有名詞の使用は、スパイスとして効いていた。川村佳乃子さん「湖辺の丘に」は、子離れや家族の閉鎖性を端正な文体で歌い、〈人質にあらねど家族の拘束は飲食みたす朝よりはじまる〉など、認識を揺さぶる歌には着目した。瀬戸俊子さん「藻岳の風」は、国後島に生まれ択捉島や道東を転々とした若き日を含め、家族の来し方を見つめたプライベート歌集だった。

 時田則雄 深い詩想に感銘


 <雨の橋渡れば停泊する舟の魚臭はふかく髪に籠(こも)れり>

 <ひそやかに酢を滴らす晩餐(ばんさん)や 家族を飼育つづけし手かも>

 川村佳乃子さんの「湖辺の丘に」は、海の街釧路の風土を背景に、日々の営為を醒(さ)めた心と深い詩想によってすくい上げた感銘歌が多く収められており、抜きんでていた。

 <わが作りしネクタイに首しめられて夫は出でゆく転勤初日>

 柊明日香さんの「そして、春」には対象をしっかりと見詰め、丁寧に詠い上げた作が多く収められており、好感を抱いた。

 瀬戸俊子さんの「藻岳の風」は、北方領土での日々を克明に詠った作も収録されており貴重。

 西勝洋一 風土に寄り添う


 柊明日香さんの「そして、春」は、主婦として生きる日々の哀歓を自然体で歌い取った佳作が多く、特に家族や周辺の他者に向ける穏やかなまなざしが季節の変遷の中にてらいなく歌われている一冊として評価できた。内山愛子さんの「花の曼陀羅(まんだら)」は、タイトルに花や植物の名前を配し、生きて来た道程を硬質な文体で綴(つづ)っていて注目した。瀬戸俊子さんの「藻岳の風」は、戦後は住めなくなった生まれ故郷の国後島や移り住んだ北方領土への痛切な思いが歌われていて、歴史の証言としても残しておきたいと思った。川村佳乃子さんの「湖辺の丘に」は、釧路の風土に寄り添いながら、自身の生き方や人間関係を真摯(しんし)に見つめた一編として印象に残った。

 松川洋子 さらなる冒険を


 「そして、春」柊さん。60代のこの世代は、戦後復興期の申し子のように育った。幸せな妻、母の日常をてらいなく歌っている。中に<腕の力ふいに無くなりみどり児をおとす夢などこの頃は見ず><死に近き仲間を背負いて捨てしのち青葉をかかげゆくハキリアリ>など面白い作もあり、今後少しはじけて冒険してみたらと思う。

 「湖辺の丘に」川村さん。叙景歌にしっかりした佳作があったが、一巻としてみると真面目過ぎ。よい意味での遊びがないのが惜しい。一寸脇道にそれた作もあっていい。「藻岳の風」瀬戸さん。大正、昭和、平成と病(やまい)を持ちながら生き抜いた女性の第2歌集はいろいろな意味で重い。歌数は少し絞った方がよかった。