<短歌賞>受賞者インタビュー

2017/11/12 09:00

「ずっと支えてくれた夫に感謝しています」と佳作受賞を喜ぶ柊明日香さん

<短歌賞佳作>「そして、春」 柊明日香さん

 歌に託す つらい時ほど


 受賞の報を、横にいた夫が喜んでくれた。「これまで夫のことをたくさん詠ませてもらった。いくら夫婦でも失礼なことはなかったかと聞くと、『全然ない。自由に書いていいよ』と。感謝の気持ちで、思わずうるうるしてしまいました」

 税務職員だった夫の転勤に伴い道内を転々とした。岩見沢時代に習った茶道の席で、偶然、大きな掛け軸が目にとまった。気になって後で調べると、額田王(ぬかたのおおきみ)の万葉歌<あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る>だった。

 千年以上前の日本人の心が今と変わらないことを知り、1999年から札幌の万葉集を読む講座に通った。これが短歌を詠み始めるきっかけになる。2002年に旭川の歌誌「かぎろひ」、03年には東京の歌誌「短歌人」に入会した。

 認知症の親の介護に直面した時は短歌に救われた。「例えば靴下の左右を間違えた親に、つい声を荒らげてしまう自分がいました。あとで思い返して歌を詠みながら、後悔したり、親をいとおしく思えたり。『つらいときほど、歌に託せばいい』との先生の言葉の意味が、よく分かりました」

 わかりやすい言葉で詠もうと心がけている。夫にも知人にも「あなたの歌はよく分かる」と言われ、会話の糸口になることが多い。

 「短歌のおかげで人生が豊かになりました。短歌のことなら、いくらでも話し続けられるし、お友達との関わりも深くなりました。短歌には、不思議な力があると思います」

<短歌賞佳作>「湖辺の丘に」 川村佳乃子さん

 夫への愛 抑えた表現で


 帯広に本社がある短歌結社「辛夷(こぶし)社」の釧路支社に入って30年余。この間に作り続けてきた歌から、1年近くをかけて240首余りを選んだ。満を持しての第1歌集で、この春に釧路文学賞も受賞した。それでも「歌集はもっと力がある方が出すものと思ってました。いい作品がなく、選ぶのはとても気が重かった」と謙虚に話す。

 現在も毎月欠かさず10首を短歌誌「辛夷」に投稿する。「気負ったものはありませんが、習慣になっていまして。期限が迫ってきたら集中して書きます」

 <湖辺(うみべ)の丘にわが住処(すみか)あり右折してなほ右折して駆けて疾(と)く来よ>

 こう詠む通り、長年暮らしてきた自宅は釧路・春採湖を望む高台にある。「何よりもこの景色が気に入っています。かつては冬に御神渡(おみわた)りができる時の厳しい音も聞こえていました。今も期待していますが、温暖化のせいか聞こえなくなって残念ですね」

 「釧路湿原」の章で自然に目を向け、「病室」や「終楽章」の章では、5年前に看取(みと)った夫の幸次郎さんに思いをはせた。夫を失った悲しみは自分でも抑えた表現になったと思う。「ふつうの方ならもっと激しくなるのかもしれませんが、照れてしまうのかな」とほほえむ。音楽が好きだった夫を詠った一首に優しさがにじむ。

 <夫の聴く部屋にバッハは共にゐて扉の把手(とって)触れずにおかむ>

 2003年に釧路春秋賞、05年に釧路歌人会賞、08年に辛夷賞を受賞。北海道歌人会会員。