<創作・評論部門>受賞者インタビュー

2017/11/11 09:00

「家族や出会った人のおかげで今の私がいる。その思いが小説にも出てくる」と話す沓沢久里さん

<本賞>沓沢久里さん 「通天閣の消えた町」

 故郷・大阪の人々描く


 「(受賞は)やったぞ!という思い。人生最高のご褒美です」と素直に喜ぶ。

 1932年(昭和7年)、大阪市生まれの85歳。女性の大学進学は珍しかった時代に関西の名門、大阪大に入学。新聞部に所属し、朝鮮戦争に反対する学生らが起こした騒乱「吹田(すいた)事件」(52年)も体験した。卒業と同時に同じ大学の夫と結婚。東京、函館を経て、69年に札幌に移り住んだ。

 知り合いがいない札幌で、友人づくりにと新聞で知った図書館の文学講座に参加したことが、文芸の世界に関わるきっかけとなった。76年に講座の仲間と読書サークル「昴(すばる)の会」を発足。当初は本を読むだけだったが、例会に招いた更科源蔵、川辺為三らの作家から勧められ、文章を書き始めた。80年、「第1回女性の小説」(後のらいらっく文学賞)に「鶴の泪(なみだ)」が入選。83年にはサークルと同名の同人誌「昴の会」を創刊。発行人を務める。

 受賞作は、「昴の会」で2012~16年、計3回掲載した小説をまとめた。生まれ育った大阪の戦後復興の様子とそこに暮らす人間模様を描いた。自身を投影した主人公の昌子、両親、弟という家族構成は事実で、それ以外は創作というが「私の出会った人、経験した出来事が(作品の)基となっている。自分の背中にあるものが書かせる力となった」と説明する。

 今年4月、受賞作に加え、「吹田事件」がテーマの「待兼山(まちかねやま)ラプソディー」、弟が題材の「おとうと」の計3作収録の単行本を亜璃西社(札幌)から刊行。実は一昨年、「待兼山―」を道新文学賞に出したが、受賞には届かなかった。今回は応募する気がなかったが、亜璃西社の編集者から後押しされて再挑戦した。

 単行本では自身の学生時代までを描いた。「ええかっこして生きてきたけど、小説を書くのは恥をさらすこと。どこまで自分をさらけ出せるか、これからも自分と向き合って書きたい」