#北方領土考

北方領土Q&A

「北方領土」とは?

 北海道東部に浮かぶ択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島(多楽島、志発島、勇留島、秋勇留島、水晶島の主要5島と貝殻島などからなる)を指す総称です。根室市の納沙布岬から最も近い貝殻島までは約3・7キロしかありません。第2次世界大戦末期の1945年8月下旬から9月上旬にかけて、当時有効だった日ソ中立条約を無視して侵攻した旧ソ連に占領されました。旧ソ連の侵攻時、四島には約1万7千人(択捉3608人、国後7364人、色丹1038人、歯舞5281人)の日本人が暮らしていました。その後、島を追われ、樺太(サハリン)を経由して北海道などに引き揚げました。

 現在は旧ソ連の継承国のロシアが実効支配しており、サハリン州が事実上管轄しています。日本政府は返還を求めており、1956年の衆院外務委員会の答弁から「北方領土」という呼称を使ってきました。「北方四島」とも呼ばれています。ロシア統計局によると、2019年1月1日時点の人口は択捉島6485人、国後島8619人、色丹島3198人で、近年、増加傾向にあります。

 北方領土の面積は、約5千平方キロで千葉県とほぼ同じ大きさがあります。周辺の海域は水産資源が豊富で、世界3大漁場の一つにも数えられます。

日本が返還を求める根拠は?

 日本とロシアが初めて国境を画定した1855年の日露通好条約は、択捉島とその北東側のウルップ島(得撫島)の間に国境線を引きました。これにより択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島の北方四島は日本領、ウルップ島以北に連なる千島列島の島々はロシア領とすることが条約で定められました。

 その後、両国は1875年に両国の住民が混住していた樺太(サハリン)を日本が放棄する代わりに、ロシアからウルップ島以北の千島列島を譲り受ける樺太・千島交換条約を結びました。さらに1905年の日露戦争終結時に結んだポーツマス条約で、日本はロシアから南樺太を譲り受けました。

 これら三つの条約で北方四島はいずれも日本領に含まれており、日本政府が「一度も外国の領土になったことがない我が国『固有の領土』だ」と主張するのは、こうした歴史的事実があります。

 第2次大戦期、日本は旧ソ連との間で相互不可侵などをうたった日ソ中立条約を結びましたが、旧ソ連は1945年8月9日に当時まだ有効だった条約を無視して、対日参戦しました。日本は8月14日にポツダム宣言を受け入れ、無条件降伏を表明しましたが、ソ連軍はその後も侵攻を続け、8月28日から9月5日にかけて択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島を占領しました。こうした歴史的背景から、日本は北方四島がソ連に「不法占拠」されたとして、旧ソ連やその継承国ロシアに返還を求めてきました。

 これに対してロシアは、米英ソ首脳がソ連への千島列島の引き渡しなどを密約した1945年2月の「ヤルタ協定」や、戦勝国の行為の正当性などに言及した国連憲章の敵国条項などを根拠に、北方四島は合法的にロシア領になったと主張しています。

北方四島それぞれの特徴は?

 最も大きな択捉島は、北方領土全体の6割超を占めます。1000メートル級の火山が数多くそびえ、温泉などもあります。戦前は林業が盛んでしたが、現在は水産加工施設のほか、ホテルなど観光地としての整備が進んでいます。官民共用の飛行場があり、最新鋭の戦闘機も配備されています。

 国後島は北方領土の最高峰の爺々岳(1772メートル)を抱え、戦前はサケ、マスのふ化事業などが盛んで、金、銀などの鉱山もありました。2016年に択捉島とともに地対艦ミサイルが配備されるなど、軍事関連施設の整備も進んでいます。

 色丹島はなだらかな丘陵と入り江が美しく、昭和初期まで「日本十八景」の一つに数えられました。映画「ジョバンニの島」の舞台にもなりました。ロシア政府が2017年に経済特区に指定し、19年9月に新たな水産加工場が稼働しました。

 歯舞群島は平坦な島々からなり、現在、ロシア国境警備隊を除いて住民はいません。戦前は漁業が盛んでした。貝殻島周辺では1963年から民間協定に基づいて、根室などの漁業者によるコンブ漁が行われています。

北方領土に行くことはできますか?

 北方領土の択捉島と国後島には、サハリン本島から航空便やフェリー航路の定期便が結ばれています。しかし、日本政府は日本人がロシアの査証(ビザ)を取得して、北方領土を訪問しないように呼びかけています。日本人がロシアのビザを取って訪問することは、北方領土がロシア領だと認めたことになりかねないからです。このため日本人の四島への渡航は、日ロ両国の法的立場を害さない取り決めに基づいて行われている「ビザなし渡航」の枠組みを活用した訪問に限られています。

北方四島へのビザなし渡航って何ですか。

 日ロ政府間の合意に基づいて、日本人がパスポートとビザなしで北方四島を訪問する特別な枠組みです。墓参りを目的にした1964年開始の北方領土墓参(一時中断した時期もあります)、日本人と四島に住むロシア人が相互訪問して友好を深める92年開始のビザなし交流、元島民とその家族が古里を訪れる99年開始の自由訪問の3事業があります。人道的な配慮や相互理解の促進から実現したもので、参加できるのは元島民やその家族、返還運動関係者、報道関係者のほか、学術、文化など各分野の専門家に限られています。

 参加者は根室港からチャーター船「えとぴりか」を使って訪問します。国後島の古釜布(ふるかまっぷ)で、ロシア国境警備隊などによる出入域手続きが行われ、通常は根室から直接、国後島以外の島と行き来することはできません。参加者は団体行動が求められるなど、さまざまな制約があります。

毎年2~3月に日ロ双方の関係者が集まり、実施回数や参加人数などの大枠をまとめた年間計画を定め、例年5月から10月ごろまで行われています。2017年から、日ロ首脳の合意に基づいて、航空機を使った北方領土墓参も毎年行われていますが、あくまで特例的な実施です。

北方四島での共同経済活動とは?

 日ロ双方が自国の主権を主張している四島で、両国の政府や企業が協力し、互いにメリットのある事業を実現しようという試みです。2016年12月の日ロ首脳会談で、検討を始めることに合意しました。①海産物の増養殖②温室野菜栽培③島の特性に応じたツアー開発④風力発電の導入⑤ごみの減容対策―の5分野を優先事業として、具体化に向けて日ロの政府間で企業も参加して協議が続いています。

 日本政府は、ロシアが実効支配する四島で日本企業の経済活動を認めてきませんでしたが、近年、ロシア政府による開発が進んでおり、共同経済活動を通じて四島への日本の関与を深め、ロシア人島民らに日本への返還に向けて理解を深めてもらう狙いがあります。安倍晋三首相は、共同経済活動はロシアとの平和条約締結に向けた「重要な一歩」だと主張していますが、ロシアの法律に従って経済活動を行えば、四島がロシア領だと認めたことになりかねません。日本が自らの法的立場を害さない「特別な制度」をつくるよう求めているのに対して、ロシアは自国法に基づいた実施を主張しており、交渉は難航が続いています。

北方領土周辺での日本漁船の安全操業とは?

 戦後、北方四島を実効支配するソ連、ロシアによって、周辺海域で操業する日本漁船が拿捕される事件などが相次ぎました。こうした事態を防ぐため、日ロ政府間の協定に基づき、四島周辺のロシアが主張する領海内(12カイリ=約22キロ)で日本漁船が操業を行うための枠組みで、1998年に始まりました。毎年、両政府間で漁獲枠などを協議し、主に根室や羅臼など道東地域の漁船が操業しています。

 2020年の漁獲枠はスケソウ955トン、ホッケ777トン、タコ216トンなどで、それぞれ漁期も定められています。見返りに日本側は協力費2130万円を支払い、資源調査のため2110万円相当の機材をロシア側に供与することになっています。

 この協定は「日本漁船は違反しない」という性善説にたって、違反した場合の手続きを定めていないなど、日ロ双方の信頼関係に基づいて成り立っている「ガラス細工の仕組み」とも呼ばれます。日本政府はロシア側が四島周辺海域で管轄権を行使することを認めていませんが、ロシア側は日本漁船が違反していると主張しており、近年、ロシア国境警備局による日本漁船への「臨検」が急増するなど、厳格に取り締まる姿勢を強めています。

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