よみがえれ むかわ竜! 奇跡の全身骨格化石


※北海道新聞に掲載された記事を再編集したものです。

記述内の年齢、肩書などは掲載当時のままです。

■収集家の発見が端緒

 2003年4月9日、胆振管内旧穂別町(現むかわ町穂別地区)在住の堀田良幸さん(53)=当時=は、地元の白亜紀の地層が露出した林で岩の塊に目を留めた。岩には骨の化石が含まれていた。「これまで見たものと形が違う。水陸両生のワニかな」

 堀田さんは熱心な化石収集家。地層の分布や年代を色分けした独自の地図を作り、穂別地区の山間部に足しげく通っていた。骨の化石に何か引っかかり、穂別博物館に連絡した。博物館は、過去にも発見されている大型海生爬虫(はちゅう)類クビナガリュウと判断。化石は博物館の倉庫に収められ、堀田さんもその存在を忘れ去った。

 2010年、クビナガリュウを研究する東京学芸大の佐藤たまき准教授(44)=当時=が穂別博物館を訪れ、例の化石に目をつけた。翌年再訪した佐藤准教授はもう一度化石をじっくり見てピンときた。「これは恐竜の可能性がある」

 最終判断は、恐竜研究の第一人者である北大総合博物館の小林快次(よしつぐ)准教授(45)=当時=に委ねられた。小林准教授は2年間、化石の一部などを詳細に調査し、白亜紀後期(7200万年前)に北米や東アジアを中心に生息したハドロサウルス科恐竜のしっぽ部分の尾椎(びつい)骨と断定、2013年7月に発表した。

 むかわ町では1975年にクビナガリュウの化石が発見されたことをきっかけに、化石の調査・研究に力を入れてきたが、恐竜は初めてだった。

 2013年秋、穂別博物館と北大総合博物館は、ハドロサウルス科恐竜の全身骨格の化石が埋まっている可能性が高いとされる穂別地区で第1次発掘を開始。右大腿骨(だいたいこつ)など全体の約3割の骨格が見つかった。2014年秋の第2次発掘では、歯の化石約100個と頭骨の一部を発見、全身の大部分を発掘した。



■国内最大の全身骨格

 2015年秋の第3次発掘調査を経て、発掘した骨をクリーニング。全身の5割以上の骨が確認された2017年4月、北大と穂別博物館は体長約8メートルの国内最大の全身骨格と判明したと発表し、標本をむかわ町内で公開した。

 恐竜化石が発見された白亜紀後期の地層は当時は海底で、陸上に生息した恐竜が流されて化石になったとみられる。国内の全身骨格化石はこれまで、福井県勝山市で発見された肉食恐竜のフクイベナトール(体長2.5メートル)が唯一だったが、むかわ竜は3倍の大きさ。恐竜が最も繁栄した白亜紀後期の恐竜の全身骨格では国内初で、ハドロサウルス科の全身骨格としても世界的に珍しい。

 2017年1月、町は町名を生かして、恐竜化石を「むかわ竜」と命名することを決めた。

 発掘調査を指揮した小林准教授は「むかわ竜のような大型の恐竜化石は残りにくく、世界の恐竜研究に貢献する素晴らしい標本。北米やアジアの近縁種との関係の解明につながる」と強調した。

 化石収集家の堀田さんが尾の一部を発見し、穂別博物館に寄贈してから14年。むかわ竜は日本の宝となり、むかわ町の町づくりの屋台骨として大きな存在になった。



 2018年9月、むかわ町は胆振東部地震で大きな被害を受けた。幸い化石を保管していた穂別博物館の被害は少なく、むかわ竜の全身骨格は無事だった。11月、胆振東部地震の復興イベントと銘打ち、予定より1カ月遅れて「むかわ竜」をむかわ町穂別町民センターで一般公開。クリーニング作業が進んで全身骨格の体積の8割超がそろった「完全版」を披露した。





■全身の9割以上復元

 一方、むかわ竜の骨格模型(レプリカ)作りが2017年11月、穂別地区で始まった。製作を担うのは群馬県の専門業者「ゴビサポートジャパン」。穂別地区に工場を設置し、町民7人を雇用した。町穂別博物館で研究中の実物の化石を借り受け、型を取っていった。

 2019年3月、全長約8メートル、体高約4メートルのむかわ竜を立体的に組み立てて復元。むかわ竜は立ち上がった。発掘された骨だけで全身骨格を復元できた恐竜化石は国内初、全身の9割以上を復元した例は世界的にも珍しい。





 むかわ竜の立体レプリカは、2019年7月13日~10月14日、国立科学博物館(東京)の「恐竜博」の目玉として展示されている。



 胆振東部地震からちょうど1年、小林快次教授らの研究チームは、むかわ竜の化石が新属新種であるとして学名を「カムイサウルス・ジャポニクス」と命名し、2019年9月6日付の英科学誌電子版に発表した。新属新種の恐竜は道内初で、国内では8例目。小林教授は「カムイはアイヌ語で『神』。日本の恐竜の神という意味を込めて命名した」と話した。



※記事は谷口 宏樹、能 正明、田鍋 里奈、後藤 真、荒谷 昌利、小宮 実秋の各記者、

動画は守屋 裕之、畠中 直樹、奥天 卓也が担当しました。

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