PR
PR

<デジタル発>12年越し念願の「古巣」コンサ加入 ユース出身GK松原修平 不器用でもチームのために

 赤黒のユニホーム、緑の芝目が鮮やかなピッチ、隣接する観光施設から流れる明るいメロディーとチョコレートの甘い匂い―。サッカー・Jリーグ1部(J1)北海道コンサドーレ札幌が使用する宮の沢白い恋人サッカー場(札幌市西区)に帰ってきたこの春、胸の内に確かに息づいていた12年前の記憶が呼び起こされた。松原修平、29歳。ゴールキーパー(GK)として今年4月、J1京都サンガから札幌に移籍した。札幌のユースに所属した18歳の2010年シーズン以降5クラブを渡り歩いた末に、待ち望んでいた「古巣復帰」。喜びと感謝、遠回りした悔しさがない交ぜになったスタートとなった。(運動部 須田幹生)

シュートブロックの練習でボールに食らいつく札幌の松原=5月21日(舘山国敏撮影)
シュートブロックの練習でボールに食らいつく札幌の松原=5月21日(舘山国敏撮影)

■「下手くそなりに」

 「小さい頃から見ていた札幌のゴールマウスを守るなんて、まだ想像できない」。4月の入団会見で、松原は12年のプロ生活を過ごした末につかんだチャンス、巡り合わせに感慨深げだった。自身がサッカーを始めたきっかけ、初めて見たプロサッカーチーム、小学生で参加したサッカー教室。「その全てがコンサドーレ札幌。自分の幹、土台がコンサドーレだった」と力を込めた。これとは別にクラブを通して発表したコメントの文字数は、通常の新加入選手の2倍超に上った。「めちゃくちゃ遠回りしましたが、ご縁があり、この度北海道に戻ってくる事が出来ました。不器用で決して上手い選手ではないですが、下手くそなりに、日々全力で、一生懸命汗水垂らして、このクラブの為に必死で頑張ります」。感謝や悔しさ、悲しみ、意地など長年の紆余(うよ)曲折で抱いた多くの感情が入り交じっていた。

■トップチーム入りかなわず

 函館市出身、札幌丘珠高を卒業。札幌U―15(15歳以下)、U―18(18歳以下)でプレーし、当時、ユースのGKコーチを務めていた赤池保幸さん(48)=現・トップチームGKコーチ=の元で腕を磨いた。MF荒野拓馬は1学年下、MF深井一希は2学年下に当たり、ユース時代には「札幌のトップチームに昇格しよう」と同じ夢を追いかけた仲だ。

 その夢はかなわなかった。U―18時代に、ユース所属のままJリーグ公式戦に出場できる「2種登録選手」にはなったが、出場機会に恵まれず、念願だった札幌のトップチーム昇格はならなかった。同時期に2種登録選手になったチームメートのFW三上陽輔がJリーグ公式戦でデビューを果たす中、大きな挫折だった。「いつか札幌を見返したい。札幌にオファーしてもらえる選手になる」。心に秘めた。

札幌U―18時代にトップチームの練習に参加して汗を流す松原=2010年11月、宮の沢白い恋人サッカー場
札幌U―18時代にトップチームの練習に参加して汗を流す松原=2010年11月、宮の沢白い恋人サッカー場

■全国を転々

 ユース後は、Jリーグ2部(J2)岡山から誘いの声が掛かり、プロとなった。その後、讃岐、群馬、湘南を渡り歩き、各チームの地元では、自身がユースにいたことを知る熱心な札幌ファンが練習や試合に見学に来て応援してくれた。「転勤などで札幌を離れて来ているファンが親や兄、姉のように見守ってくれ、選手として幸せだった」。ただ、札幌入りの見通しは立たず、中ぶらりんの気持ちを抱えたまま歳月だけが流れた。


 「もうほぼ諦めかけていた」と言う夢が近づいたのは、今季開幕後の3月下旬。自宅に1本の電話が鳴った。

残り:2378文字 全文:3673文字
続きはログインするとお読みいただけます。

【関連記事】
<デジタル発>記事一覧

北海道のニュースがメールで届く
PR
ページの先頭へ戻る