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<札幌アーカイブス1922-2022>⑲スパイクタイヤ 製造中止へ(1988年6月3日)

▽1988年6月3日朝刊1面=「スパイクタイヤ65年末で製造中止*公害等調整委の調停成立*販売も翌3月まで 大型など例外設けず*使用禁止立法化へ努力 合意事項」

 本道と東北六県、長野県の市民、弁護士グループが大手タイヤメーカー七社を相手取って粉じん公害のもとになるスパイクタイヤの製造、販売中止を総理府の公害等調整委員会(委員長・勝見嘉美元名古屋高裁長官)に申し立てていた問題で、同委員会は二日、スパイクタイヤ製造は六十五年十二月末まで、販売は六十六年三月末までに中止する実施時期を盛り込んだ調停案を提示、申し立て側、メーカーの双方とも受け入れ、調停が成立した。スパイクタイヤによる車粉公害問題で国が示した初判断となる。これにより、三十八年から使用の始まったスパイクタイヤは三年後には国内メーカーの流通市場から事実上姿を消し、積雪寒冷地を悩ませてきた粉じん公害の解消は大きく前進することになった。


 札幌の冬は1980年ごろ、自動車のスパイクタイヤが削った路面の粉じん「車粉」が街中に立ちこめていた。この日の1面は国の公害等調整委員会でスパイクタイヤの製造を90年12月末までに中止する調停が成立し、「積雪寒冷地を悩ませてきた粉じん公害の解消は大きく前進することになった」と伝えた。

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