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<時評論壇 中島岳志>ウクライナ危機 ロシア追い込んではならぬ

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 ウクライナ危機の主な原因は、アメリカの政策にあると言いつづけている人物がいる。J・ミアシャイマーである。彼はシカゴ大学政治学部教授で、徹底したリアリズムに基づく分析に定評がある。

 そんな彼が『文藝春秋』6月特別号で、インタビューに答えている。「この戦争の最大の勝者は中国だ」と題されたインタビューの冒頭で、彼は「プーチンを擁護しているわけではありません」と言及しつつ、一方で「プーチンはヒトラーの再来だ」といった見方を「完全に間違っている」と断言する。

 ミアシャイマーの見るところ、この戦争が起こった原因は、アメリカをはじめとする西側諸国が進めて来たNATO(北大西洋条約機構)の東方拡大にあるという。なかでも、オバマ政権で副大統領を務めたバイデン(現アメリカ大統領)は、ウクライナのNATO加盟を強く推進する「リベラル覇権主義」の中心人物であるという。

 「リベラル覇権主義」とは、9・11テロ以降に中東での対テロ戦争を支えた思想で、アメリカ流の民主主義を世界に波及させることを目的とする。この考え方はイラク戦争へとつながったが、イラクでの民主化政策は失敗に終わり、アメリカは撤退を余儀なくされた。ミアシャイマーは、この思想がウクライナ危機でも全く変わらずに継続していると見る。

 彼は、キューバ危機を想起すべきだと警告を発する。1962年、ソ連がアメリカから至近距離のキューバにミサイル基地を建設していることが判明すると、アメリカは猛烈に反発し、核戦争寸前まで緊張感が高まった。アメリカが「裏庭」とみなすキューバにソ連のミサイルが配備されることは、アメリカの存亡を脅かす挑発行為と捉えられたのである。「米国が二〇〇八年以来、ロシアに隣接するウクライナでやってきたことは、ソ連がキューバでやったことと同じではないでしょうか」

 アメリカが唯一の超大国だった時代は終わった。世界は、中国とロシアの台頭による「多極世界」に突入している。アメリカのリベラル覇権主義は中東で失敗し、多大なる戦禍と被害を残した。その思想と行動に、説得力はない。

 ミアシャイマーが心配するのは、中国の存在である。アメリカがウクライナ問題に深く足を取られることになると、中国に対する対応が後手に回り、東アジアへの「軸足移動」が困難になる。中国は台湾問題や南シナ海問題、そして尖閣問題など、日米にとって脅威となる覇権主義的姿勢を見せている。結局のところ、アジアでのアメリカのプレゼンスの低下により、最も利益を得るのは中国である。しかも、ロシアは中国に接近し、アメリカを敵視する。ウクライナでの戦争の「最大の勝者は中国」である。

 このようなミアシャイマーの議論に注目し、「ウクライナ=善」「ロシア=悪」という二元論に警鐘を鳴らしているのが、元外交官の東郷和彦である。東郷は『マスコミ市民』5月号に掲載された「プーチンの戦争をロシアとウクライナの歴史から振り返る」の中で、ミアシャイマーが二〇一四年に発表した論文(「ウクライナ危機は西側が引き起こした」)を高く評価し、彼をキッシンジャーと並ぶ「歴史現実主義」者と呼んでいる。

 東郷は3月から4月にかけてイスタンブールで行われた停戦交渉に注目する。ここではウクライナ側から「10項目の停戦案」が提示され、ウクライナの政治的・軍事的中立化が模索された。「クリミアとドンバスの一部」は中立化条約の範囲からはずすという提案も一部で報じられ、「お互いに『負けていない』時点で停戦にもちこむ可能性があるのではないか」という期待も持ち上がった。しかし、4月に入ってブチャでの「残虐行為」が報道されると、NATOのウクライナに対する武器提供が拡大され、和平交渉でのウクライナ側の態度の「硬化」が伝えられた。

 東郷はここで、ゼレンスキーとバイデンが「『お互い負けない』ところから、『プーチンに勝利する』ところに戦争目的を変えてきているのではないか」と推察する。その結果、戦争は長期化し、多くの命が失われ続ける。停戦のためには「『この辺でいい』と思わなくてはいけないのです。そう思わない限り戦争は終わりません」。

 ロシアと国境を接するフィンランドが隣国スウェーデンと共にNATO加盟を申請する中、西側諸国は核保有国のロシアを急速に追い詰めている。ロシアのウクライナ侵攻は国際法違反であり、「暴挙」以外の何物でもないが、ロシアを屈服させようとする「リベラル覇権主義」の過剰にも、ブレーキをかけなければならない。

 停戦の叡知(えいち)を模索しなければならない。

(なかじま・たけし=東京工業大教授)

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