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鶏取り出しバケツへ…「やるしかない」 鳥インフル52万羽殺処分「過酷な現場」 応援の白老町職員に聞く

 【白老】鳥インフルエンザが発生した養鶏場や、現地対策拠点の町総合体育館には、道職員や自衛隊員に加え、町職員も応援に入った。殺処分の羽数が道内最多に上り、夜を徹して作業が行われた現場で何が起きていたのか―。派遣された町職員たちは取材に「肉体的にも精神的にも過酷な現場だった」と振り返った。

 町は道の要請を受け、殺処分の終了までに職員延べ約400人を派遣し、資材の搬入や車両の消毒を行った。鶏舎で鶏に触れる作業は要請内容に含まれていなかったが、町生活環境課の浦木学主査(54)ら4人が4月21日のみ、携わった。

 「何か力にならなければ」。殺処分の初日、作業を終えた道職員たちを見て、浦木主査はそう感じたという。誰もがぐったりした表情を浮かべ、宿泊先の手配が間に合わずに体育館で雑魚寝する人もいた。他の町職員3人と、鶏舎内での作業を申し出た結果、1日だけ応援することになった。

 この日の午後11時、体育館で防護服に着替え、バスで約6キロ離れた養鶏場へ。鶏舎には10羽ほどが収容されたケージが5段重ねで100メートル以上伸び、それが何列も並んでいた。4人はケージから鶏を取り出し、手渡しで大型のポリバケツに入れる作業を繰り返した。

 バケツには道職員らが二酸化炭素を注入。死骸は100羽ほどが一つの袋に詰められ、地中に埋められた。浦木主査は「初めはためらいもあったが、やるしかないと言い聞かせた」。

 作業は翌朝7時まで続き、休憩のため約2時間おきに外へ出された。「深夜はとても寒く最もきつい時間だった。鳥インフルエンザの流行がピークを迎える冬に起きていたら、より過酷だったのでは」と話す。

 加えて、同課の三上裕志課長(49)は、精神的な負担を指摘する。目にした作業員の中には、防護服に「鶏舎外」と書かれた人も多くいた。ガスボンベの運搬など鶏に触れない作業の従事者を示すといい、三上課長は「作業に抵抗感を示す人も少なくなかったのでは」と推測する。道によると、殺処分などの作業に当たった117人が、健康相談を受けたという。

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