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<ココカラ>沸いてた 釧路の街も銭湯も 寄港の漁師汗流す/絶景の高台に洋館/駅前にぎわい象徴

 「釧路の銭湯の歴史をたどってほしい」。釧路市内で銭湯の閉店が相次ぐ中、「ココカラ」取材班にそんな投稿が寄せられた。「釧路の銭湯文化を消したくない」との思いを受け、取材を始めると、銭湯と釧路のマチの発展との深い関わりが見えてきた。

 真砂(まさご)湯、春ノ湯、人参(にんじん)湯、東湯、入舟湯、草津湯、たから湯―。1932年(昭和7年)発行の「大日本職業別明細図」を確認すると、市内には25軒の銭湯があった。釧路市の当時の人口は約7万人。「釧路発祥の地」の米町には旅館や市場、商店のほか、遊郭も立ち並んでいたころ。当時の市内の銭湯のほぼ半数は、釧路川河口近くや海沿いに点在した。

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