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<原点の地 根室は今>ウクライナ侵攻の衝撃(上)途絶えた交渉 命奪う国…話し合えるか

■悲劇を重ね 

 「どこに行くかもわからず、子どもやお年寄りが故郷を追われている。77年前の北方領土と同じことが起きている」。ロシアがウクライナへの侵攻を開始した2月24日以降、北方領土択捉島出身の鈴木咲子さん(83)=根室市=は、ウクライナを脱出する人々の姿に自身の経験を重ねていた。

 第2次世界大戦終戦直後の1945年8月28日、旧ソ連は日ソ中立条約を無視し、鈴木さんがいた択捉島を皮切りに、四島への侵攻を開始。日本軍は抵抗せず、9月5日までに全島が占領された。

 終戦時、四島にいた日本人島民は1万7291人。択捉島は北方領土の最北に位置するため、旧ソ連兵の監視の目を盗んで小さな船で根室に脱出するのは難しく、大半の島民が旧ソ連の貨物船で樺太に集められ、日本の引き揚げ船が来るまで真岡(ホルムスク)の収容所で待機させられた。

 「生き地獄だった」。鈴木さんは、約1カ月に及んだ収容所生活をこう振り返る。栄養失調で歩けなくなる子どもや高齢者が続出し、鈴木さんの幼なじみも6、7人が亡くなった。引き揚げ船には遺体を乗せることができなかったため、冷たくなった乳児を背負って乗船した女性もいた。

 ウクライナでは、子どもを含む多くの民間人の犠牲が明らかになり、プーチン大統領の戦争責任を追及する動きも強まる。ロシアは3月21日、日本の対ロ制裁への対抗措置として、北方領土問題を含む平和条約締結交渉の「中断」を通告してきたが、鈴木さんは「子どもたちの命まで奪う政権との話し合いなど再開できるだろうか」と嘆く。

 日ロの北方領土交渉は2018年11月、当時の安倍晋三首相が1956年の日ソ共同宣言に基づく歯舞群島と色丹島の2島返還を軸とした交渉に大きくかじを切ったが、ロシアは強硬姿勢を崩さなかった。「領土交渉は白紙に戻ってしまった」「自分たちが生きている間の返還はなくなった」―。ウクライナ侵攻を受け、根室市内の元島民にはいらだちと諦めが広がる。

 元島民らでつくる千島歯舞諸島居住者連盟(千島連盟、札幌)によると、今年3月末で存命の元島民は前年同月比186人減の5474人となり、5500人を下回った。平均年齢は86・7歳に達し、記憶の継承も厳しさを増している。

■漏れた一言

 領土交渉の継続さえ困難となったことを受け、元島民からは「島に残してきた土地などの財産権の問題だけでも解決できないか」との声も漏れる。日本政府は「ロシアとの平和条約締結交渉で明確にされるべきもの」との立場だが、色丹島出身のサンマ大型船主の飯作鶴幸さん(79)=根室市=は「漁業権補償も含め、国は元島民が残っている間に国内問題だけでも道筋をつけてほしい」と訴える。

 「先輩たちから引き継いだ返還運動は絶対にやめない。やめるわけにはいかない」。千島連盟の河田弘登志副理事長(87)=歯舞群島多楽島出身=は、語気を強める。同連盟根室支部の角鹿泰司(つのかやすじ)支部長代行(84)=歯舞群島勇留島出身=も「過去にも北方領土墓参の一時中断などが繰り返されてきた。いずれ日ロ交渉が再開される日は来るはずだ」と期待をつなぐ。

 ただ、その時にはもう、元島民はいないだろうけれど―。最後に漏れた一言は、かつてなく重い。


 ウクライナ侵攻に絡み、ロシアは北方領土問題を含む日ロ平和条約締結交渉を拒否し、22日で開始30年となる「ビザなし交流」などを停止すると発表した。元島民や漁業者らは何を思うのか。「原点の地」として、北方領土返還要求運動をけん引してきた根室の今を伝える。(根室支局の武藤里美、川口大地が担当し、3回連載します)

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