プロレスラーが開拓した野営場 キャンプ×温泉×福祉 三笠のワンダーランド


「三笠にプロレスラーが開拓した野営場がある」―。そんなインパクト強めな情報を耳にしたので早速、札幌から50キロほど離れた三笠市に向かいました。山深くで出会ったのは、ヒグマのように大きく屈強な体格の杉浦一生さん(39)。「湯の元温泉旅館」という一軒宿を営みながら、障害者らのグループホームを運営し、そして野営場を切り拓いたそうです。スケールの大きな事業を展開する杉浦さんの足跡を追ってみました。

目次
1. 冬も活況 「野営感がたまらない」
2. 強さに憧れ
3. 福祉の世界へ
4. プロレスラー、宿と山を買う
5. 助っ人参上!!
6. 夢広がる「スギウランド」
7. 旅館と野営場の基本情報

山深くにある湯の元温泉旅館
山深くにある湯の元温泉旅館

冬も活況「野営感がたまらない」


「この辺の見える範囲全部が敷地ですね。広さはよく分からないんですよ」。193センチ、145キロの杉浦さんが豪快に笑って出迎えてくれました。紅葉の名所として知られる桂沢湖近くにある旅館は、360度、山に囲まれた一軒宿です。

杉浦さんは2020年秋、旅館とグループホームが併設された建物のすぐそばの森に、ソロキャンパー向け10サイト(1張2人まで)を設けた「湯の元温泉野営場」を開設しました。

今冬の野営場。積雪期は静かな森の中で好きな場所にテントを張れます
今冬の野営場。積雪期は静かな森の中で好きな場所にテントを張れます

雪の多い三笠ですが、野営場は通年営業しています。冬シーズンは区画に関係なく好きな場所でテントを張れます。すぐ近くに温泉がある魅力に加え、地域のつながりで譲り受けた廃材や森の枝などを薪としてキャンプ客に無償で提供しているのも嬉しいサービスです。厳冬期でも週末には7、8組が利用。「野営感がたまらない」と玄人キャンパーに好評なサイトです。
夏季の野営場
夏季の野営場

ところで杉浦さん、プロレスラーなんですよね??

「15年前までブルート一生というリングネームで全日本プロレスのリングに上がっていました。カナダやアメリカ、メキシコでも修行してきたんですが、右肩を脱臼するけがが続き、2007年秋に引退しました」

宿のフロント前で話す杉浦さん
宿のフロント前で話す杉浦さん

岩見沢市出身の杉浦さんが北海道にUターンした2019年以降、札幌を拠点に活動する団体「北都プロレス」のリングで杉浦さんとほぼ同じ体格の覆面レスラー「北海熊五郎」が暴れています。杉浦さんは「自分は北海熊五郎のマネジャーですよ」と説明しますが、なぜだか北都プロレスのチラシには北海熊五郎の説明として「三笠出身 湯の元温泉」と書かれています。そして、北海熊五郎と杉浦さんを同時に見かけた人はいないそうです。
北都プロレスのリングで相手を圧倒する北海熊五郎(北海道新聞2020年12月7日掲載)
北都プロレスのリングで相手を圧倒する北海熊五郎(北海道新聞2020年12月7日掲載)

強さに憧れ


プロレスラーが、なぜ旅館を営み、福祉事業を展開し、そして野営場まで開設したのでしょうか。

杉浦さんは岩見沢で過ごした小学生時代、プロレスラーの獣神サンダー・ライガーさんに夢中になりました。170センチほどの覆面レスラーのライガーさんが巨漢レスラーに立ち向かう姿がテレビに映し出されると、釘付けになりました。

「当時、いじめられていたんですよ。体は大きかったのですが、自分は弱い人間だと思っていて。だから、大きな相手に立ち向かうライガーさんに憧れたんですね」

中学時代に体重は100キロを超え、アマチュアレスリングの強豪だった岩見沢農業高校に入学。全国大会で2位に入るなど活躍し、卒業後も強豪の山梨学院大学でレスリングに明け暮れました。全日本学生選手権を制するなど将来を嘱望されていましたが、卒業後すぐにある人からプロレス界に誘われました。武藤敬司さん。当時、全日本プロレスを率いていたカリスマレスラーに声を掛けられ、全日本プロレスに入団しました。

大学時代の実績からも大型新人として期待されましたが、けがが続き2年余りでリングを降りました。「この先、どうしよう」。悩める日々を送る中で、「この体を生かして、人のためになる仕事がしたい」と思いました。目に留まったのが、ボディガードの仕事でした。

福祉の世界へ


埼玉県にあるボディーガードを養成する専門学校で学んだのですが、実習を始めるとイメージと全く違いました。要人警護ではなく、精神疾患を抱えた人を安全に病院まで搬送する現場で仕事を学んだのです。

「病院までの車内で会話をしていると、心を開いてくれる人もいたんですよね。幻聴とか幻覚とかがある人は『誰も自分のことを信じてくれない』という思いがあって、『あなたにとっては現実だよね』と受け止めました。みんな、本当は自分でもどうにかしたいという思いがあるんだなと気づいたんです」

福祉の仕事への関心が高まり、2012年、障害者のグループホームの運営に乗り出しました。首都圏などで事業を拡大。12施設を運営し、100人ほどの入居者とスタッフ30人ほどを抱える法人に育てましたが、組織運営の難しさにも直面し、2019年に法人から身を引き、岩見沢に戻りました。

「障害のある人の世界を変えたい。今までは住まいの支援しかできていなかった。今度は雇用も生み出したい」。そんなことを考えていると、岩見沢の隣町にある湯の元温泉が経営難から事業継承者を探していることを知りました。「旅館なら雇用にもつながるし、部屋を住まいにも利用できる」

青い屋根が旅館。右奥の建物がグループホームで、その奥に進むと野営場
青い屋根が旅館。右奥の建物がグループホームで、その奥に進むと野営場

プロレスラー、宿と山を買う


施設と土地を取得し、静かな山あいで旅館(和室10室、ドミトリー2室)と知的障害者や精神疾患を抱えた人のグループホーム(10室)の運営を始めました。湯の元温泉の創業は1957年(昭和32年)。長年、宿を守り続けてきた従業員が残り、旅館業の経験がない杉浦さんを支えています。

経営が軌道に乗り始めると、「何か新しいことをしたい」という思いが沸々とこみ上げてきました。「土地ならいくらでもある」。あたり一面の山を見渡し、思いついたのがキャンプ場でした。温泉に隣接するキャンプ場として魅力を打ち出し、収益事業にできればホーム入居者の雇用創出にもつながると考えました。

旅館のフロントが野営場の受付
旅館のフロントが野営場の受付

2019年秋に試験的に裏山で知人にキャンプを体験してもらうと、自然豊かな環境が好評でした。2020年春から本格的に整備を始めました。といっても、杉浦さんが一人、手持ちの鎌で一帯に広がる笹やぶを刈り取る地道な作業でした。土地は広大。来る日も来る日も草刈りをしました。「一生終わらないかも・・・」

助っ人参上!!


その様子をSNSに投稿していると、2020年初夏に思わぬ反応がありました。岩見沢市の野営好きの男性から「キャンプ場を一緒に造りたい」と申し出があったのです。
草刈りをして切り拓いた野営場(杉浦さん提供)
草刈りをして切り拓いた野営場(杉浦さん提供)

男性は所有するパワーショベルを持ち込んで、笹やぶを整地しました。近隣にファミリーキャンプ向けの「ファミリーランドみかさ遊園」があるため、湯の元温泉はソロキャンプ向けに造成。サイトは、笹やぶを囲いとして残してプライベート空間を保ち、静かに過ごせるサイトにしました。
夏の野営場(杉浦さん提供)
夏の野営場(杉浦さん提供)

三笠の同年代の仲間たちとツリーハウスも作り、山遊びの楽しさも発信。炊事場も設けて利便性も確保しました。

2020年秋にグランドオープン。野営感と温泉が楽しめる個性的なサイトの評判は口コミで広がり、今冬の利用者は2021年の夏シーズン以上に増えたそうです。

杉浦さんが仲間たちと作ったツリーハウス
杉浦さんが仲間たちと作ったツリーハウス

思わぬ副産物もありました。野営場の利用者は温泉に浸かるだけでなく、宿の古くからの名物「合鴨鍋」(1人前1600円)をテイクアウトで味わっているそうです。野営場までジョッキの生ビール(500円)を届けることもできるため、「生ジョッキが飲める野営場」という極めて珍しい売りもできました。
キャンパーにも人気の合鴨鍋(杉浦さん提供)
キャンパーにも人気の合鴨鍋(杉浦さん提供)

「野営場を利用してくれる人たちは本当にマナーが良くて。使った場所を、よりきれいにして帰るという意識があると感じています。静かな環境を守りながら事業ができるのが素晴らしいですね」

夢広がる「スギウランド」


雪が解けてから、野営場の整備をさらに進める計画です。10サイト限定は変えずに野営場を広げて、ゆったりと過ごせる空間を目指します。サウナ小屋を建てたり、源泉やご神木などを巡る散策路を設けたりする構想も温めています。

現在、グループホームの入居者1人を雇用し、宿や野営場の業務に携わってもらっていますが、杉浦さんは「もっと雇用を拡大したい」と意気込んでいます。「森にはリスがたくさんいる場所もあって、散策路の案内役を入居者ができたらいいなと思っています。障害がある人もない人もこの土地にマッチする形で誰もが生きやすい場にできたらいいな」

今後の展望を語る杉浦さん
今後の展望を語る杉浦さん

自然の恵みを享受しながら、温泉宿・福祉事業・野営場を展開する、この地を杉浦さんは「スギウランド」と呼んでいます。「誰もが生きやすい、偏見のない世界が目標なんです。まずは、どんな人でも伸び伸びと楽しめるスギウランドをつくっていきたいですね」

湯の元温泉旅館
■住所
三笠市桂沢94
■TEL
01267-6-8518
■営業時間
10時~21時(日帰り入浴)
■日帰り入浴料
大人500円(中学生以上)、小学生以上250円、3歳以上100円
■宿泊料
素泊まり(ドミトリー)2500円~
■公式サイト
https://yunomoto-onsen.com/

湯の元温泉野営場
■利用時間
IN/12時、OUT翌12時
■料金
1張1500円(1張2人まで)、日本単独野営協会の会員は入浴無料
■設備
炊事場、トイレ水洗、薪(無料提供)
■予約
湯の元温泉公式サイトか電話で申し込む

湯の元温泉野営場の紹介ページはこちら(動画あり)

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