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<書評>共有地をつくる

平川克美著

生きやすい社会生む「接点」
評 辻山良雄(書店店主)

 先日開催されたトークイベントの席上、著者はある印象深いエピソードを語ってくれた。銭湯に若い人を連れていく時には、自分が使った風呂おけを、元の場所に返すところから教えなければならない、と。

 お金でサービスを買うという考えが身に染みてしまえば、風呂おけを戻すのは銭湯側だということになるのかもしれない。しかしそれは、〈次に体を洗う人〉という、他者への想像力を欠いたさびしさでもある。そして、こうした失われつつある人間本位の社会を取り戻すため、本書で説かれているのが、「共有地」という考え方だ。

 「共有地」としてイメージするとよいのは、街にいくつもあった名もなき食堂、喫茶店、駅前の小さな書店……。すべて何かのために立ち寄るという場所ではなく、なんでもない気持ちで行く場所である。「共有地」にそれぞれオーナーはいても、そこは使う人みんなの気配りにより成り立っている。いわば「誰のものでもあり、誰のものでもない」、自分の家の延長のようで、社会との接点のような場所。昔の家によく見られた、縁側を思い出してもらえばよいだろうか。

 そして、そうした無縁の場所こそが、わたしがわたしであることを回復させる。いまはどこに行くにも、暗にお金と目的を求められる時代だが、人間は機械ではないのだから、始終意味のあることだけをするようにはできていない。街に、目的を問わない場所がたくさんある方が、その社会は生きやすいものになるだろう。

 面白いのは、著者が自らの体験をもって、この思想まで辿(たど)りついたということだ。かつて翻訳やITといったビジネスを手がけ、それに成功していた平川さんは、ある日品川区の商店街で、隣町珈琲(となりまちカフェ)という喫茶店をはじめる。むやみに金を儲(もう)けるのではなく、身の丈にあった「小商い」が性に合っていたというが、それはいま芽吹きはじめている若い人の生き方に、ことばを与えるものでもあった。そう、「共有地」とは昔を懐かしむことではなく、いま起こっている、あたらしい社会の動きなのである。(ミシマ社 1980円)

<略歴>
ひらかわ・かつみ 1950年生まれ。文筆家、「隣町珈琲」店主。著書に「移行期的混乱」「俺に似たひと」「株式会社の世界史」など

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