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<ビザなし交流30年>友好の島に「脱日本化」の波

国後島古釜布の中心部にある、レーニン像が立つ広場の隣にオープンした初のショッピングセンター(右奥)。行き交う車は、ほとんどが古い日本車だった=1月27日
国後島古釜布の中心部にある、レーニン像が立つ広場の隣にオープンした初のショッピングセンター(右奥)。行き交う車は、ほとんどが古い日本車だった=1月27日


 子ども連れの買い物客らが、次々と行き交っていた。

 1月下旬、約7900人が暮らす北方領土最大の町、国後島・古釜布(ユジノクリーリスク)の中央広場。この場所で1992年5月、日本本土からビザなし交流で初めて訪れた日本人45人を出迎えたクララ・ベリコワさん(82)は、懐かしそうに振り返った。

 「コンサートで合唱し、歓待した。日本と南クリール(北方領土)の間に『友好の橋』ができると思ったのを覚えている」

1992年に古釜布の広場で開かれたビザなし交流の歓迎会。左奥に現在のショッピングセンターが建った
1992年に古釜布の広場で開かれたビザなし交流の歓迎会。左奥に現在のショッピングセンターが建った


 領土問題の解決に向けた相互理解の促進を目的に始まったビザなし交流。91年の旧ソ連崩壊で、経済的困窮が深まっていた島民には救世主として日本への期待が大きかった。

 チャーター船で北方領土を訪れる日本人の出入域手続きが行われる古釜布は、日ロ交流の玄関口となった。それから今年で30年。島は実効支配するロシア政府のてこ入れで開発が進む。

 かつてレーニン像しかなかった中央広場は公園に整備され、閑散としていた周辺には昨年12月、国後島初のショッピングセンターが開業した。日本でも昨年公開されたドキュメンタリー映画「クナシリ」の中で、「トイレがない家」として紹介された老朽化した住宅が取り壊され、跡地に建設された。


 ショッピングセンターは2階建てで、北方領土を事実上管轄するサハリン州の州都ユジノサハリンスクなどから、スーパーや家電量販店、衣料品店が出店。買い物に訪れた主婦(39)は「私が好きなタイ産のココナツミルクなど、今まで島で探して見つからなかったものが売っている」と満足げに話した。

 家電量販店にはテレビや冷蔵庫、パソコンなどが並び、品ぞろえは州都とほぼ変わらない。物がなく、島民がビザなし交流で訪れる根室での「買い物ツアー」を頼りにしていた時代とは、隔世の感がある。

 ここ10年で人口が約2千人増えた島では毎年数棟、新築アパートができている。ただ、建設が続くのは、人口増だけが理由ではない。いまだに旧ソ連時代の古い住宅で不自由な生活を送る人が多くいる現実があるからだ。

国後島の老朽化した木造アパート。暖房は石炭ストーブで、壁に空いた穴から寒風が入り込んでいた
国後島の老朽化した木造アパート。暖房は石炭ストーブで、壁に空いた穴から寒風が入り込んでいた


 「暖房は石炭ストーブ。壁に穴が空き、とても寒くつらかった」。70年代に建った木造住宅から昨年末、ようやく新たなアパートに入居できたタクシー運転手(38)は打ち明けた。2016年に新築住宅に移った女性(68)は「築5年なのに外壁がさび、窓に隙間ができた。造りがいいかげん」と不満をこぼした。

 コロナ禍で、ビザなし交流が19年を最後に途絶えて2年余り。「今や日本を頼りにせず発展できる」。町では以前にも増してそんな声が聞かれたが、島を歩くと島民たちの複雑な思いも見えてきた。

■人道支援の倉庫、愛国の拠点に

 目を引く大きな看板は、ロシア軍の兵士募集の広告だった。

 国後島の古釜布港から徒歩10分。日本政府が1993年に建設した支援物資を保管するプレハブ倉庫を訪れると、ロシア国防省の愛国運動組織「ユナルミヤ」(若き軍隊)の活動拠点になっていた。

日本が国後島に建設したプレハブ倉庫。愛国教育の拠点となり、正面には軍の募集広告がはられていた
日本が国後島に建設したプレハブ倉庫。愛国教育の拠点となり、正面には軍の募集広告がはられていた


 「国を守るため、数年前から子どもたちがここで愛国教育を受けている」。近くに住む島民は誇らしげに語った。92年のビザなし交流開始後、領土返還に向けた環境整備として、島への関与を強め「四島の日本化」を目指した日本政府。だが、その存在はロシアによる「上書き」が進む。

■ロシアの開発加速

 北方四島は94年の北海道東方沖地震で壊滅的な被害を受け、92年に約2万5千人いた人口は、96年には約1万5千人まで激減。そこに救いの手を差し伸べたのが日本だった。人道支援として、プレハブの診療所や学校、ディーゼル発電所などが相次いで建設された。

 しかし、2000年代に入りプーチン政権が「クリール諸島(北方領土と千島列島)社会経済発展計画」を本格スタートすると、ロシア単独で開発が加速。港湾や空港、道路などが段階的に整備され、人口は増加に転じていった。

 古釜布の港に向かうと、オレンジ屋根の真新しい施設ができていた。1月下旬に稼働した魚粉を生産する新たな水産加工場。「46人の新規雇用を創出し、地域の予算収入も増加する」。北方領土を事実上管轄するサハリン州のベリク首相は、そう意義を強調した。

1月に稼働した国後島古釜布の魚粉工場。タイの設備が導入されている
1月に稼働した国後島古釜布の魚粉工場。タイの設備が導入されている


 工場は東南アジアのタイから設備を購入。コロナ禍のため、試運転や作業のチェックはタイとオンラインでつないで行われた。「19年に光ファイバー回線が島に開通し、高画質のネット中継が可能になった」(州政府)ことが後押しした。

 四島への日本の関与を再び強めようと、安倍政権は16年に日ロ共同経済活動の検討に踏み切ったが、日本の法的立場を害さない「特別な制度」を巡る交渉は難航。今も宙に浮いた状況が続く。

 優先事業の一つとなったのが「ごみの減容対策」。だが、古釜布から郊外へ向かうと、ごみの山が道路沿いに積み上がっていた。この場所で日本と協力して焼却施設の建設に意欲を示していた建設会社のイーゴリ・グレビョンキン社長(50)は「日本は検討ばかり。もう期待していない」と落胆した。州政府は、単独での事業化に動いている。

国後の道路沿いにあるごみの山。日ロ共同経済活動で焼却施設などの建設が検討されていたが、交渉は進んでいない
国後の道路沿いにあるごみの山。日ロ共同経済活動で焼却施設などの建設が検討されていたが、交渉は進んでいない


 2月には、択捉島で「サハリン州初」の太陽光発電施設が稼働する予定。ロシア政府は四島に大規模な免税制度の導入準備を進めており、日本以外の第三国も含め投資をさらに呼び込もうとしている。

■日本への期待なお

 ただ、ロシア政府による開発で街並みは一見きれいになったが、下水は汚水処理ができないまま、川に垂れ流され、悪臭が漂っていた。インフラ整備は突貫工事で粗さが目立ち、苦情が絶えない。

 医療体制の脆弱(ぜいじゃく)さ、電力不足などの問題も一向に解決しない中、政府の思惑通りに島外から企業進出が進むのか、島民には懐疑的な見方が根強い。主婦のニーナ・ゴロビナさん(67)は「島は発展したと思うが、高い技術力を持った日本の支援がまだ必要だ」と訴えた。

 古釜布で日本が整備した施設は、ディーゼル発電所が現役で稼働。宿泊施設「友好の家」は、コロナ禍でビザなし交流が中断した後も、地元住民が行事などに活用し、重宝されていた。

日本が国後島に建設したディーゼル発電所。発電機4基のうち、3基がいまだ現役で稼働していた
日本が国後島に建設したディーゼル発電所。発電機4基のうち、3基がいまだ現役で稼働していた

ビザなし交流の訪問団が宿泊する国後島の「友好の家」。住民の行事に利用されていた
ビザなし交流の訪問団が宿泊する国後島の「友好の家」。住民の行事に利用されていた


 サハリン本島と同じような商品が手に入るようになっても、根室からロシア人船員が持ち帰る日本製の食品や日用品は今も人気だ。日本製品を扱う商店主のオリガさん(52)は「ビザなし交流で日本製の質の高さを知り、ロシア製の化粧品や医薬品が使えなくなった」と話した。

 古釜布など島内数カ所には宅配やテークアウトができるすし店もでき、「ビザなしで日本に行けなくても、すしが食べられる」と評判は上々。日本との関わりは、島民の日常生活の一部にもなっている。

国後島に登場したすし店。地元産のカニが入ったカリフォルニアロールが人気だった
国後島に登場したすし店。地元産のカニが入ったカリフォルニアロールが人気だった


 日本に興味を持ち、30年ほど前から日本人の居住地跡を掘り起こし、遺品を集めているというミハイル・ルキヤノフさん(67)の自宅を訪れると、皿や湯飲みなど約40点が飾られていた。

 「戦後76年たっても、島は発展を遂げられていない。結局、これからも日本人がいないと何もできない」。男性はこう語ったが、北方領土については「ロシアの領土だ」ときっぱりと言い切った。

日本人の遺品を集めているというミハイル・ルキヤノフさん。自宅には皿や置物など約40点が飾られていた
日本人の遺品を集めているというミハイル・ルキヤノフさん。自宅には皿や置物など約40点が飾られていた


 中央から遠く離れた辺境で、なお経済的支援にすがらざるを得ない島の現実。日本はそこにどう向き合っていくのか。返還を願って交流を重ねた30年の歴史は、重い問いを投げかけている。(国後島の取材と写真撮影はマリヤ・プロコフィエワ助手)

国後島古釜布のショッピングセンターに隣接する中央広場。遊具などが整備され、子どもたちが遊んでいた
国後島古釜布のショッピングセンターに隣接する中央広場。遊具などが整備され、子どもたちが遊んでいた

国後島初のショッピングセンター内に出店したスーパー。商品棚には食料品がびっしりと詰まっていた
国後島初のショッピングセンター内に出店したスーパー。商品棚には食料品がびっしりと詰まっていた

 「#北方領土考 追う 探る つなぐ」は、北方領土問題や日ロ関係を多角的に考えるキャンペーンです。8日朝刊から始まる長期連載「消えた四島返還」では、取材班が1万6千件以上の取材メモを基に安倍晋三政権以降の日ロ交渉の舞台裏に迫ります。

 土曜朝刊の「サタデーどうしん」では月1回、読み応えある特集やルポをお届けします。今年で開始30年の北方四島ビザなし交流事業の検証や、元島民の思いを伝える取り組みも続けます。どうしん電子版の特設サイト(https://www.hokkaido-np.co.jp/ryodo)や、取材班のツイッター(@hokkaido_ryodo)の発信にもご期待ください。

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