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よみがえれサッポロバレー カギは起業の「エコシステム」<次代のモノサシ第2部 考察・福岡経済④>


 かつて札幌市には多くの新興IT企業が集積し、「サッポロバレー」と呼ばれて全国から注目を集めた。情報工学の第一人者である青木由直・北大名誉教授(80)は、起業先進地の座を福岡に奪われた現状に、もどかしそうな表情を浮かべ、往時を振り返った。

 「どの会社もマイクロソフトやアップル並みの技術力があった。ただ、何が何でも日本一になるというような野心が足りなかった」

技術は世界水準 欠けていた野心

 サッポロバレーの源流は、青木氏が1976年に立ち上げた「北海道マイクロコンピュータ研究会」。巣立った学生らが相次いでIT企業を興したが、2000年代初頭のITバブル崩壊などで、大半が経営に行き詰まった。青木氏は「技術志向の高い経営者が多かったことが、経済成長という観点からはマイナスだったかもしれない」と話す。

 日本政策投資銀行は00年にまとめた、サッポロバレーに関する報告書で「競争や連携が少なく、事業間をつなぐ活動が弱い」と指摘。成長に向け「ネットワークを広げ、単なる交流ではなく合併や企業連携等による新事業創出」を求めた。

「世の中の新たな流れを作っていく若者が出てきたら、北海道は面白くなる」と北大工学部前で語るサッポロバレーの生みの親、青木由直・北大名誉教授=22年1月7日(中村祐子撮影)
「世の中の新たな流れを作っていく若者が出てきたら、北海道は面白くなる」と北大工学部前で語るサッポロバレーの生みの親、青木由直・北大名誉教授=22年1月7日(中村祐子撮影)


 それから20年余り。札幌の情報通信業の市内総生産額は直近の18年度で4262億円と、福岡市の7割にとどまる。札幌のIT経営者は「起業関連のコンテストなどイベントが乱立し、主催者間の連携もなく統一感がない」。今も当時の課題は残ったままのようだ。

起業の好循環 確立した福岡

 福岡で印象に残った光景がある。

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