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<書評>思いがけず利他

中島岳志著

偶然訪れる「誰かのため」の瞬間
評 土井善晴(料理研究家)

 中島が東工大で利他プロジェクトを立ち上げたきっかけの一つは、おそらく立川談志の落語「文七元結(ぶんしちもっとい)」。噺(はなし)は江戸の職人、長兵衛が博打(ばくち)にはまり生活は困窮を極める。それでも仕事に出ず博打に溺れる父親。仕方なく娘は吉原に自ら身を売る。長兵衛、置屋の女将(おかみ)に五十両をもたされ心改め期限までに返せと。それまで娘には手伝いをさせ預かりおくと諭される。帰り道、橋上からまさに身を投げんとする若者を抱き止め、訳を聞き、その五十両を与えてしまう。その解せぬ長兵衛の行動を考え抜き、談志は「落語とは業の肯定」という思想に至る。

 中島が大学時代付き合っていた彼女がインドネシア語を専攻すると言うので、自分もそうしようと思ったが、嫌がられ仕方なく、ネシアをとって、インドの言語ヒンディー語を学ぶ。ガンジーに興味を持ってインドに住み宗教と政治が結びついて、中島はおもいがけず、政治学者になっていた。意図せず流れに身を任せてきたと言う。

 私は、中島のことも知らないで、ツイッターの「利他の連続講座」を試聴した。中島の「文七元結論」を聞き、数週間後、私は「先生にお会いしたい」と(なぜか)DM(ダイレクトメール)。彼の発案で数週間後zoom対談が実現し、数カ月後に共著「料理と利他」ができていた。

 本著によれば、人のためと言う行為は、いつも偽善、負債、支配、利己が伴い胡散臭(うさんくさ)くなる。だから利他という。誰かのためという瞬間は、いつも偶然。うれしくなることは、いつも未来からやってくるものだとある。些細(ささい)な利他は日常に、たくさん忍ばせられているのだろう。だからきっと、事実は、授かる人のコンディションにはたらきかけてくるのではないかなあ。

 長兵衛がその瞬間にとった行動の正否はわからない。もし私が同じ現場でどう行動するかしないか自信はない。しかし利他がはたらくコンディションにありたい。

 さまざまな利他が考察される「思いがけず利他」という本著が持つ利他性により、利他がわかれば、利他のはたらくコンディションがもたらされると思うのは欲望か。(ミシマ社 1760円)

<略歴>
なかじま・たけし 1975年生まれ。東工大リベラルアーツ研究教育院教授。専攻は南アジア地域研究、近代日本政治思想。「中村屋のボース」など著書多数

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