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<北海道 移住者たちの選択 十勝東北部編>薬膳を身近な存在に 研究者夫妻の挑戦

 北海道へ移り住んだ人たちの選択を探るシリーズ<北海道 移住者たちの選択>。十勝東北部編の最終回となる9回目は、製薬大手の研究者から転身し、十勝管内陸別町に移り住んだ日向優さん(38)、美紀枝さん(38)の夫妻です。今春、自ら栽培した薬用植物や西洋ハーブなどを活用して商品開発を手掛ける会社を町内に立ち上げました。その名は「種を育てる研究所(タネラボ)」。十勝に拠点を置きながら、生活圏であるオホーツク管内の企業や研究機関とも連携し、薬膳を意識したお茶やうどんなどを次々と商品化し、人口減と過疎化の進む地域に明るい話題を提供しています。薬剤師、博士、農業者という異色の顔を併せ持つ同級生夫妻は1歳の娘はるちゃんを育てなら、ビジネスの「種」をまく日々が続きます。(文/本別支局 岡田圭史、写真/帯広報道部 北波智史)

自宅のリビングで笑顔を見せる日向優さん、はるちゃん、美紀枝さん=2021年11月17日、陸別町
自宅のリビングで笑顔を見せる日向優さん、はるちゃん、美紀枝さん=2021年11月17日、陸別町


 陸別町中心部から車で約15分の上トマム地区にある40アールの畑。陸別開拓の祖で医学者の関寛斎(1830~1912年)が入植した場所に近い。防風林があって、風が少ない。面積は小さいが、2人でほ場管理するには十分すぎるくらい。畑の愛称は「タネラボファーム」。起業前、陸別町協力隊員だった2020年に農業者として認められ、地元の生産者から借りている。

 畑にはトウキ、キバナオウギ、ベニバナ、キキョウ、セントジョーンズワートなど25種の薬用植物が所狭しと植えられている。初めて購入した中古の小型トラクターもあり、はるちゃんの遊び道具にもなっている。優さんにとっては大切な仕事現場で、「静寂さが居心地良くて、自分が心から落ち着ける癒やしの空間なんです」。美紀枝さんはオホーツク管内津別町の津別病院に通う薬剤師の顔を持つ。はるちゃんの育児と両立する「働くお母さん」のため、タネラボの事業は当面、優さんに任せている状態だ。「夫は一生懸命やってくれている。今はバックアップしかできないが、子供を預けられるようになれば、もっと積極的に事業にかかわっていきたい」と笑顔で話す。

薬草やハーブの畑を案内する優さん(右)=2021年11月9日、陸別町
薬草やハーブの畑を案内する優さん(右)=2021年11月9日、陸別町


 これらの薬用植物は「宝の山」だ。中でもキバナオウギはマメ科の多年草植物で、根は強壮薬など漢方に使用されるなど「生薬の王様」と呼ばれる。根と同様の栄養分が含まれる葉はとても繊細で、小さい茎と紛れないように丁寧に摘み取るのは骨の折れる作業だ。収穫した葉をじっくり乾燥させた上で、丁寧に焙煎(ばいせん)してお茶として活用する。黒豆茶のような深い味わいと香ばしさを楽しむことができ、「からだ中がぽかぽかと温まってくる。後味もすっきりして飲みやすい」と優さん。開発に当たっては、町内外で試飲アンケートを重ね、公益財団法人オホーツク地域振興機構・食品加工技術センター(北見市)の協力を受け、味や成分、機能性に関する調査を実施してきた。

 これに目を付けたのが帯広市内で「薬膳カフェ」を経営する料理家の栂安(つがやす)信子さん(68)だ。北見のイベントを通じて日向夫妻と知り合い、キバナオウギの葉のお茶に魅了された。優さんの実直な仕事ぶりも気に入り、商品化した。商品名はキバナオウギの葉100%のティーバッグ「わたしをめぐるおうぎ葉茶」(5パック入り、680円)。9月下旬からカフェのほか、とかち帯広空港やさっぽろ東急百貨店のセレクトショップなどで販売し、品薄になるなど評判だ。栂安さんは「研究者というエリートの道を捨てて北海道に来てくれた。日向さん夫妻の新たな人生を応援できれば」と力を込める。今後、キバナオウギ以外の商品開発でも協力していく考えだ。

 日向夫妻の活動を後押しするのは十勝管内にとどまらない。北見市の老舗製麺業ツムラとの出合いは起業に大きな影響を与えた。今年2月に起業して慣れない環境が続く中、異業種との初めてのコラボ商品開発のきっかけは会員制交流サイト(SNS)だった。ツムラは北見市内に地域開放型社員食堂「TUMUGU Labo(ツムグ・ラボ)」を運営しており、専務の津村千恵さん(48)が新聞を見て近隣の日向さんの起業を知った。薬剤師夫妻の新たな挑戦に関心を持ち、SNSでつながった。津村さんは「大企業で新薬の研究を続けるより、困っている地方で少しでも貢献したいと思い、移住を決めた」という優さんの言葉が忘れらない。だからこそ、協力したいと思った。「地方での起業の大変さや苦労はよくわかる。だからこそ、お役に立ちたいと思ったんです」。人と人とのつながりの大切さを感じるエピソードだ。

真剣な表情で商品化の打ち合わせをする優さん=2021年11月9日、陸別町
真剣な表情で商品化の打ち合わせをする優さん=2021年11月9日、陸別町


 ツムグ・ラボでは健康を重視した薬膳食への関心が高い。優さんと情報交換する中、互いの強みを生かした商品開発ができないかと考えついたのが薬膳うどんだった。オホーツク管内はうどん品種の小麦粉「きたほなみ」を生み出した産地。佐呂間産もち麦と相性の良い薬用植物として選んだのがセリ科の多年草のトウキだった。葉は抗酸化作用のあるビタミンEが多く含まれ、セロリのような香りを持つ。薬膳うどんでは葉の天ぷらに加え、刻んだ葉と大根おろしを混ぜた付け合わせとして提供することにした。もち麦の食感とのどごしがトウキ葉のさわやかな香りととても合うとして、トウキの収穫時期の6、7月に1日10食限定で薬膳うどん(935円)を提供したところ、常連客らから好評であっという間に完売したという。津村さんは「希少なトウキは数が限られているので、売りたいのに売れない。うれしい悲鳴です」と笑う。来年以降も引き続き、夏場の期間限定メニューとして提供する考えだ。

■出会いは薬学部

 優さんは札幌市出身で、気の弱い少年だった。風邪をひきやすい体質だったため、体力をつけようとサッカーを小学3年から始め、高校3年まで続けた。一度決断して始めたことは最後までやり通すのが信条だ。美紀枝さんは広島県尾道市に生まれ、高校時代まで過ごした。映画監督の大林宣彦監督が撮影ロケに訪れて、見に行ったことは覚えている。2人の関係をつないだのは北大の薬学部だった。美紀枝さんが実家から離れて1人暮らしをしたい思いと、これまで訪れたことのない北海道への憧れがあった。薬学部は約80人の2クラスで、五十音順で座席などが決められた。「日向」と美紀枝さん旧姓の「平田」は連続していたため、いつもお隣さん。実験なども常にペアを組んだ。入学式からいつも一緒にいる感覚で自然に仲良くなり、1年生の冬に付き合うことに。お互いの印象や性格は「真面目で努力家で勉強に一生懸命だった。うそをつかない、ごまかさない人」(優さん)、「絵や歌も上手な芸達者。マメで面白い人」(美紀枝さん)。それ以来、社会人時代に結婚し、20年近い付き合いになる。大学時代にはまさか再び北海道で一緒に住むとは思ってもいなかった。

 ▼十勝東北部編は今回で終わり、12月12日の<記者の視点>で連載を振り返ります。

■シリーズ<北海道 移住者たちの選択>
 北海道に移り住んだ人たちが、移住前に何を思い、葛藤し、どんな希望を持って「北海道」を選んだのか、その一端を紙面で紹介しつつ、決断の舞台裏を電子版で詳しくお伝えします。
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