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<北海道 移住者たちの選択 十勝東北部編>牛は増やさず幸せ増やす 家族で紡ぐ「小さな酪農」

 北海道へ移り住んだ人たちの選択を探るシリーズ<北海道 移住者たちの選択>。十勝東北部編の8回目は、足寄町茂喜登牛(もきとうし)で放牧酪農を営む北野紘平(こうへい)さん(39)、明起(あき)さん(40)夫妻です。紘平さんがチーズ作りに憧れ、11年前の2010年に関西方面から移住。当時は2歳だった長女のどかさん(13)に続き、長男丈地(じょうじ)君(10)、次女さくらさん(7)が足寄で生まれ、5人家族に増えました。来年秋にも、紘平さんは長年の夢だったチーズ工房兼カフェを牧場内にオープンさせます。十勝では規模拡大に走る生産者が多い中、約60ヘクタールの牧場で飼育する経産牛は40頭までと決めています。家族との時間を最優先にしながら、牛の体調管理に目配りできる働き方を模索し、たどり着いた答えだからです。チーズ工房兼カフェは、放牧地で健康的に育った牛から搾った新鮮なミルクを活用し、加工製造したチーズを消費者に販売する「酪農の6次化」と位置付け、新たな挑戦が始まろうとしています。(文/本別支局 岡田圭史、写真/帯広報道部 加藤哲朗)

放牧酪農を手掛け、大自然の中で暮らす北野さん一家。後列左から、紘平さん、丈地君、のどかさん、明起さん。前列が、さくらさん。手前は、愛犬ファルコン=2021年10月10日、足寄町
放牧酪農を手掛け、大自然の中で暮らす北野さん一家。後列左から、紘平さん、丈地君、のどかさん、明起さん。前列が、さくらさん。手前は、愛犬ファルコン=2021年10月10日、足寄町


 足寄町中心部から車で約30分の茂喜登牛地区。道内外から移住者が集まり、人口は131人(2021年10月末時点)。傾斜地の多い中山間地帯に広がる牧草地には、牛たちが青空の下で青々とした草をのんびりと食べる風景があちこちで見られる。放牧酪農のメッカとして定着し、観光客の目を楽しませる。そのうち、約60ヘクタールの敷地面積で経産牛40頭と育成牛13頭の計53頭を放牧しているのが「北野牧場」だ。2012年に引き継いだ築50年近い木造住宅の横には、来年9月のオープンを目指し、チーズ工房兼自宅「KITANO FARM(仮称)」の建設が着々と進んでいる。

 北野牧場に足を踏み入れると、多種多様な「家族」がお出迎えしてくれる。雑種の兄弟犬の「ファルコン」と「ホタル」、猫の「ゴマ」、亀の「こち」をはじめ、雑種の羊11頭もいれば、美術大好きののどかさんが生き生きとしたニワトリの絵を描いた小屋には名古屋コーチンやロードアイランドレッドなど9羽が元気いっぱい。もちろん、主役の牛たちはジャージー種やブラウンスイス種、ホルスタイン種などがのんびりとたたずむ。家族5人分の卵やミルク、牛肉、野菜などは市販で買わなくても済む。紘平さんが幼少期に憧れていた“自給自足の生活”を少なからずも実現した形だ。

兄弟犬のファルコン&ホタル、猫ゴマ、亀こちなど愉快な「北野ファミリー」
兄弟犬のファルコン&ホタル、猫ゴマ、亀こちなど愉快な「北野ファミリー」


 早朝の午前4時半~7時半、夕方の午後3時半~6時半の各3時間。1日において最も大切な搾乳の時間だ。夕方は、紘平さんの後を追うように、次女のさくらさんが元気よく駆け回って、牧草地でのんびりとたたずむ牛たちを牛舎に戻すと、20頭ごとに搾乳が始まる。家事を済ませた明起さんもタイミング良く登場。紘平さんが牛の乳房に手際よくミルカーを装着すると、1頭につき5分くらいで平均20キロ程度の牛乳が搾ることができる。「とれたての牛乳はおいしいんだよ」。さくらさんが満面の笑みを浮かべる。北野家ではおなじみの風景だ。

①搾乳直前は真剣モード ②ミルカー装着丁寧に ③補助飼料でエネルギー注入 ④元気な牛たちに夫婦で笑顔
①搾乳直前は真剣モード ②ミルカー装着丁寧に ③補助飼料でエネルギー注入 ④元気な牛たちに夫婦で笑顔

■「自給自足の本」憧れた少年期

 紘平さんは大阪府富田林市で生まれ、勤め人の父と母、祖父母、弟2人の7人の2世帯生活だった。都会暮らしのため、雄大の北海道の景色やスケールの大きい農業に漠然とした憧れがあった。直接のきっかけは中学2年生の頃、書店で見つけた「完全版 自給自足の本」(ジョン・シーモア著、文化出版局)だった。初めて手に取った時の衝撃は今も忘れない。大自然の中で畑を耕し、家畜を飼う生活する方法について詳細に記されており、チーズなど乳製品の製法にも魅了された。何度も立ち読みした揚げ句、中学生にとって高額な3千円近い本を自腹で購入し、今も大切に持っている。

 小さい頃から好きなことをやりたいという思いが強かった。本当は農業高校に行きたかったが、親に農家の後継者が行く場所だと言われ、普通高校に進んだが、夢は諦めきれなかった。大学進学については「国公立大であれば」と親の理解を得られたため、猛勉強して帯広畜産大の畜産学部畜産管理学科(現在の畜産科学課程)を選んだ。当時は乳製品と言えば、酪農王国の十勝という思いを持っていたわけではなく、漠然と農家になりたいと考えて選んだのが帯畜大だった。「自分の手をかけて何かを育ててみたかったし、自分の生活環境をとにかく変えたかった」(紘平さん)。

 好奇心旺盛で行動力には自信がある。運動も大好きだったので、大学ではアイスホッケー部に入った。第1セットのFWとして活躍した。一度始めたことを途中で投げ出すのは嫌いな性格なので、4年間継続した。十勝の気候や雰囲気はもちろん、十勝のソウルフードと呼ばれる「インデアン」のカレーなど「食」との相性もばっちりだった。ちなみに、2年生の時に付き合うことになる妻の明起さんは同級生で、バスケットボール部に所属。体育会系の集まりで親しくなった。2人とも、現在、厳しい作業の多い酪農にも対応できる体力や精神力を大学時代のスポーツで培ったのかもしれない。

補助飼料を食べやすく―。牛に気遣うさくらさん(右)
補助飼料を食べやすく―。牛に気遣うさくらさん(右)


 当初は漠然としていた新規就農についてのビジョンが固まったのは、大学2年の夏に体験した酪農実習のホームステイだった。十勝管内広尾町の酪農家に3週間ほど滞在。農家の実生活を体験することで就農のイメージがつかめた。生産者の価値観や酪農への思いも伝わり、中学生の頃に読んだ本の自給自足の生活を思い出した。こんな夢のある仕事をするには、どんな準備をすれば良いのか―。紘平さんは「酪農実習のおかげで学生時代に張り合いができた。酪農家になる思いを強くした」と振り返る。

■1人で牛80頭 試練のデンマーク修行

 酪農をもっと知りたくなった。大学卒業後に新規就農するのではなく、酪農の本場であるヨーロッパに1年間留学することにした。公益社団法人「国際農業者交流協会」(東京)の制度を利用。当初考えていたスイスの枠が埋まってしまったため、同じ酪農大国のデンマークを選んだ。快適な環境で健康に育てるアニマルウェルフェア(家畜福祉)への取り組みをはじめ、ふん尿問題など環境保全対策に力を入れる農産物輸出国として強い関心を持っていた。ユトランド半島にある第二の都市オーフスにある家族経営の酪農家男性との出会いが、紘平さんのその後の人生を大きく変えることになる。

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■シリーズ<北海道 移住者たちの選択>
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