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魂の引き金

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連続射殺事件の永山則夫元死刑囚が逃亡中に働いていたのが、新宿歌舞伎町のジャズ喫茶「ビレッジバンガード」だった。フーテン生活の中上健次がよくたむろしていた「ジャズビレッジ」の通り一つ隔てた店である。2人がすれ違ったこともあったかもしれない▼親に捨てられ無学ゆえ職を転々とした末に凶行に走った永山。刑務所生まれと誤解されるからと、網走市呼人(よびと)村番外地と記載された戸籍に番地をつけてほしいと懇願したこともあったという▼被差別部落で私生児として生まれた中上は「その生い立ちっていうのが自分によく似ている気がしたんです」と語ったそうだ。作家の高山文彦さんは中上の評伝で「永山則夫は拳銃の引き鉄をひく。健次は言葉の引き鉄をひく」と記した▼虐げられる者の苦悶(くもん)は過去の話ではない。東京地裁が先月、同和地区の地名リストのネット掲載や出版差し止めを命じる判決を出した。差別的取り扱いなど重大な人権侵害を招く恐れがあると認めたのは当然だろう▼かつて地名リストを購入した企業が社員の採否の参考にしていたこともあった。出自が明らかになることで不当な扱いを受けるのではないか。そんな恐れは今も根強く残る▼中上は永山の逮捕後まもなく発表したエッセーで「いつも俺の前に立ちはだかるこの憎々しい虫けらどもめ」と書いた。押しつぶされる魂の戦慄(せんりつ)するような怨嗟(えんさ)である。2021・10・8

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