PR
PR

<書評>愛を描いたひと

大貫智子著

画家と家族 日韓のはざまで
評 城戸久枝(ノンフィクションライター)

 「限り無くすばらしく、限り無くやさしい 私だけのすばらしくやさしい私の天使よ」

 妻と息子たちに宛てた手紙に描かれた、家族4人が微笑みながら輪になる絵が目を引く。韓国のゴッホとも称され、今も圧倒的な人気を誇る画家、李仲燮(イジュンソプ)。1956年に39歳で亡くなった仲燮には、日本人の妻がいた。日本で出会い、朝鮮半島で結婚した夫婦は、朝鮮戦争の混乱のなか、生きるために離れ離れになった。いつか家族で暮らす日を夢見て…。だが結局望みがかなうことはなかった。本書は日本と朝鮮半島のはざまで、あらがいようのない歴史の流れに巻き込まれながら生きた画家とその家族の100年の物語だ。

 収録されている仲燮の作品の多くには、家族の姿が描かれている。家族に会いたい、共に暮らしたいという思いがあふれる彼の作品とは対照的に、インタビューに答える妻、山本方子(まさこ)の言葉は控えめで静かだ。すぐに会えると思っていた、まさか会えなくなるとは―。最後まで本音を心に秘め、感情を表に出してはいない。だが、母として、妻として、必死でその時代を生きた彼女の心の内を簡単に推し量ることなどできない。どれだけ思い合っても、国という大きな壁を前にすれば、人はどこまでも無力なのだ。そして仲燮が亡くなった後も方子と韓国の縁は続いていく。

 韓国では国民の画家といわれる仲燮だが、日本ではなぜかあまり知られていない。日韓関係は決して良好とはいえない今、この時代だからこそ、国を越え、愛を描き続けた画家の作品は、日本でも多くの人の心に響くのではないかとも思う。

 いつの時代も戦争は人々の間に多くの分断と悲劇を生んできた。故郷を追われ、母親と別れて、最愛の家族との幸せな日々も奪われた仲燮とその家族の歩みは、私たちが知るべき日本と朝鮮半島をめぐる歴史そのものだ。そして、多くの人が涙を流してきた分断が、過去ではなく、今も続いていることも、決して忘れてはならない。(小学館 1980円)

<略歴>
おおぬき・ともこ 1975年、神奈川県生まれ。毎日新聞社でソウル特派員、論説委員などを経て現在は政治部で主に外交を担当。本作は第27回小学館ノンフィクション大賞受賞作を加筆修正し改題した

PR
ページの先頭へ戻る