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<書評>さよならテレビ

阿武野勝彦著

ドキュメンタリーとは 考え続け
評 水島宏明(上智大教授)

 「東海テレビの阿武野さん」。その名を知らなかったら放送の世界ではモグリだ。東海テレビは名古屋など中部地方をエリアにするフジテレビ系の地方局。プロデューサーとして数々のドキュメンタリーを送り出して数々の賞を獲得。テレビで放送したドキュメンタリーを映画にして全国上映する道を切り拓(ひら)いた。「平成ジレンマ」「ヤクザと憲法」「人生フルーツ」…。「東海テレビドキュメンタリー劇場」と銘打って上映された映画はこれまで13本。それぞれ映し出すのは「わかりやすさ」ばかりを追求したテレビが失った「世の中には理解不能な現実もある」というリアリティーだ。制作の軌跡をたどる文章は一級品で味わい深い。

 なかでも2018年に亡くなった樹木希林さんのエピソードは、そこだけでも読む価値がある。晩年の名女優と本質的なところで魂の交流をした放送人はいない。「時をためる」など全編に珠玉の言葉があふれている。ドキュメンタリーとは何か、テレビとは何か。いつも考えつつ後輩のディレクターらを叱咤(しった)激励。自らが働く会社の同僚や経営陣、テレビの業界そのものにも容赦なく批判の筆致は向かう。終盤では“闇サイト事件”で再現映像なのに伏せて放送したNHKの番組に強い違和感を示し「ニセモノ」と断言する。テレビドキュメンタリーの世界に身を置いた筆者も共有する。

 「セシウムさん事件」というテレビ史に残る汚名を起こした東海テレビ。自らの内部にカメラを向けたドキュメンタリー「さよならテレビ」の取材の裏側も描かれ、事件の渦中でもドキュメンタリーを作り続けた筆者による全視聴者への返答にもなっている。不祥事が起きるたびにセレモニー的な辞任、受賞辞退などを繰り返し、本質を問うよりも形ばかり優先させる日本社会のありよう。それでよいのか。あなたはどう考えるのか、と静かに問いかける。「未来のテレビマンに託すつもり」で送り出したドキュメンタリー映画と同名の本書はテレビだけでなくメディアを志す者にとって必読書だ。(平凡社新書 1210円)

<略歴>
あぶの・かつひこ 1959年生まれ。81年に東海テレビに入社、現在はゼネラル・プロデューサー。2018年、一連の「東海テレビドキュメンタリー劇場」で菊池寛賞

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