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<デジタル発>4プラ「自由市場」 最古参の店主が見つめた40年 惜しむ自由な商風景

アクセサリーで埋め尽くされた店内でほほ笑む石谷貞夫さん(撮影時にマスクを外してもらいました)
アクセサリーで埋め尽くされた店内でほほ笑む石谷貞夫さん(撮影時にマスクを外してもらいました)


 札幌・大通地区の商業ビル「4丁目プラザ」(中央区南1西4)が、施設の老朽化などにより来年1月末に閉館する。半世紀にわたり、札幌の若者のトレンドを発信してきた「4プラ」。その象徴といえば、7階の「自由市場」だ。数坪の店が肩を寄せ合う雑多な空間が愛されてきた。アクセサリーショップ「BRIC―A―BRAC(ブリッカ・ブラック)」は、40年近く店を構える自由市場の最古参。店主の石谷貞夫さん(73)は、海外を巡り、フランスののみの市に魅了され、そして自由に焦がれて4プラにたどり着いた。「自由気ままに過ごせるこの場所がなくなるのは寂しいね」。閉館まであと半年―。(文/報道センター・門馬羊次)

スクランブル交差点に面した4プラ
スクランブル交差点に面した4プラ


 大通地区の中心のスクランブル交差点に面した4プラ。エスカレーターで7階まで上がると、フロアの雰囲気が変わる。「ギャル服」店や100円ショップなどが入る6階までの明るい印象と違い、自由市場は、ほの暗い照明に迷路のような通路。その空間に、古着屋、雑貨店、CDショップ、占いの店など個性的な11店が並ぶ。ブリッカ・ブラックはフロアの真ん中で、3・8坪(12・5平方メートル)の店内はアクセサリーで埋め尽くされている。「狭くて看板も出せていないから、店の名前を知っている人は多くはないのかもね」。石谷さんが笑った。

7階に掲示されている自由市場の案内看板
7階に掲示されている自由市場の案内看板


 指輪、ネックレス、ピアス、ティアラ、缶バッジ…。何万点にも及ぶ商品全てを海外で買い付けている。価格は1000円以下が中心。夕方になると店内は学校帰りの高校生らで混み合う。一つ一つのアクセサリーを手に取りながら、じっくりと選ぶ若者たち。その姿を見つめながら、石谷さんは言った。

 「学校や社会では競争があったり管理されたりするでしょう。ここに来ると、自由な時間を過ごせるんじゃないかと思うんですよ」

 アクセサリーを購入した24歳の女性は、フロア内の古着屋なども巡っていた。「高校時代から自由市場にはよく来ています。学生でもギリギリ買える値段で掘り出し物もあるから。きょうも50円のアクセサリーを4点買いました」。女性は相模原市在住。札幌出身で高校卒業後に首都圏の大学に進学し、今も故郷を離れて会社勤めをしているが、「帰省の度に自由市場には必ず来るんです」

 インターネットで何でも買える時代になぜ?

 「新しい物や流行の物ならネットで買えばいい。でも、ここでは知らなかった物に出合えるんですよね」

自由市場の魅力を語る石谷さん
自由市場の魅力を語る石谷さん


 4プラは1971年9月に開業した。自由市場の誕生は、その6年後の1977年7月。北海道新聞の当時の記事によると、7階に入居していた飲食店2店が閉店し、にぎわい創出につながるアイデアをビルの運営会社の若手スタッフが検討した。「最近の売り場は人間の心の触れ合いに欠けている」という問題意識から、1坪から誰でも出店できる対面販売のコミュニケーションを重視した展開を発案。それが自由市場だった。開業時は、オリジナルのペイントをしたTシャツを販売する店やおもちゃの修理店など個性的な40店近くが出店。札幌の若者の心をつかんだ。

オープン1周年を迎えた当時の自由市場(運営会社提供)
オープン1周年を迎えた当時の自由市場(運営会社提供)


 石谷さんが出店したのは、1982年2月。自由市場で商売を始めた背景には、自由に生きる人生の哲学があった。

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